2011年に書いていたブログ読み返していたら
太陽の子供たちのおきぃさんのダイアリー見つけた
ダイアリー言うても写真集からのおきぃさんの言葉
ちょっと先日のおきぃさんのキースタでのオンマの日記のアンサーのようにも思えた
なぜだか新しいものが嫌いだ.
工場で作られたばかりのような出来立てのほやほやで滑らかな新しいものより僕はちょっと古いほうが好きだ
古いものには他のものなどとは違うそれだけの特別さがあって, 通り過ぎた時間が込められたストーリーがある.
特別さとストーリーがあるものなどが私を引き寄せる.
それで人と言う存在は本当に魅力的だ.
それぞれ自らを表現する方法が違うでけで, 誰もが固有の色を持っているからだ.
でもその中でも私は特に時間的なことにひかれる.
これは常に '僕'らしいこと, 'KEY'らしいものを作って行っている僕が僕を表現する方法とも関連があるでしょう.
子供のころ, なりたかったことの中で一つが画家だった.
歌を歌うのが僕の人生で必ず達成したい一つの夢だったら, 僕の内面, 僕の考えと心をその瞬間に視覚的に表現することはまるで息をすることのように当たり前の日常の一つと思った.
いや, 実際は考える必要もなかったようだ, それはもう日常の一部だから.
今もひまさえあれば紙に何かを書き散らす。.
それで初めて外国に行ってグラフィティを見た時その前でずいぶん長い間ぼんやりと眺めた.
型にはまらない多様な表情で自分を表現する人々, その人々に不思議な同質感が感じられたからだ.
彼らも僕と同じ人間なのか? 内面から休まないで何かが沸き立ってきて, それを表現したい欲望を視覚的に噴出する.

どうしてもその土台には都市あちこちに染みている自由さがあるようだ.
バルセロナの人々は自分を現わして表現することに惜しまなかった.
美術館の前でボードに乗った人々, 浜辺でもそれぞれの姿で日光浴を楽しむ人々, 音楽が流れればリズムによってダンスをする人々まで 全部の都市が彼らには遊び場みたいに見えた.
その中で特に私の目をひいたことは他では見られなかった独特のデザインのアイテムを売る小さな店だった
その場所では近頃道に並ぶありふれたフランチャイズショップの製品ではなく門を開く度に予測することができない, そこだけの色が明らかで個性ある品物がそこだけの世界を主張している.
そしてそんな店は店主とも不思議と似ている.
彼らは自分で作ったり, どこからか取り寄せして来たり その場所だけで見られるコレクションで彼らだけの色を思いきり現わしていた.
1ユーロのアクセサリーから眼鏡のフレーム, 仮面, コーヒー豆の袋で作ったカバンまで...
何歩も歩けず、ずっと立ち止らせる, 人目を引くものなどがとっても多いです!
彼らにはまたご両親の影響が大きかったという共通点もあった.
パブロ・ピカソのお父さんは美術教師だったが, 13歳の時のパブロ・ピカソの絵を見てもう実力が自分を越すと判断して彼の画具を息子に渡してやって絵描くのをやめたと言う.
以後, 彼のお父さんはパブロ・ピカソをスペイン南部アンダルシア地域の都市と同時に彼の故郷であるマラガからバルセロナに行かせた.
またバルセロナで生まれたミロのお父さんは宝石商と時計製造業を経営し母方のお父さんは家具屋を経営いていたが, 彼の手の器用さとぴょんぴょんと弾けるアイディアは彼らの影響を受けたに違いないだろう.
また,カタローニャ北部小さな村であるフィゲラスで生まれたダリは 彼のお父さんが芸術に造詣が深くて幼い時から美術にしばしば接したし, 十歳の時から絵を描き始めたと言う.
現代美術界で名前さえ言えば分かる有名芸術家になった彼らが彼らのご両親にいくら感謝することを感じたかは分からない事だが, 僕は僕を今の自分にまで育つようにしてくれたご両親に常に感謝している.
僕が幼い時から特に多い経験と思い出を作ることができたことは大部分ご両親のおかげだから.

僕はかなり幼い頃から週末に家にじっとして過ごした記憶がない.
たまにはそれが面倒でもあったほどうちの家族は週末ごとにどこかに旅行へ出かけていた.
山だったり海だったり, 都市だったり田舍だったり, 暑かったり寒かったり, 雨が降ったり雪が降ったり, 日がカンカンと照り付けたりもした. いつも違う世界を見たし,違う考えをすることができた.
また, 僕はかなり幼い頃から外国人から英会話授業を受けた覚えがある.
多くの友達が集まって一緒にする勉強だったが, 車で1時間ほどかかる距離だったにもかかわらず その授業をずっと受けることができたのはあきらかにめんどくさがらずに送り迎えをしてくれたママのおかげだった
面倒なこともしたという話だ. 考えて見れば, 幼い時から多様な世界を見たというのが今僕にどれだけ多い影響を及ぼしたかは計り知ることもできなくて, これからもっと成長する僕にどれだけ多い影響を及ぼすか今はわからないだろう.
暮らしが非常に豊かだった方でもなかったとおもうが, 多様な経験をさせてくれたママ, ありがとうございます!
そしてもっと驚くべき実話を一つ. うちのママが幼い時, 母方のおばぁさんはママに英語の家庭教師をつけていたそうです
ハハハ, 本当の新女性は私たちのおばぁさんだったんだな! やっぱり 血は水より濃い.
色々悩んだ後は、優しい思い出に浸る
過去の自分はバカみたいだけど
過去のSHINeeは変わらず優しい
まぁ、今より若いけど(当たり前かw)
何かしらの撮影のおきぃさん
昔のおきぃさんをじっくり堪能した後、今に戻るとちょい時間旅行した気分で変な感じw

はぁ~~~~





