わたくしのアイドル



母・郁子さんは



頑張り屋さん



であると同時に



他人を癒すことも



自分を

休ませることも



上手なひと



だったと思います



それだからこそ



昨年11月9日

89才の郁子さん

脳梗塞で倒れる

まさに

直前まで!



趣味や

気の合う

乙女なお友達にニコニコキラキラ

囲まれて



歌にダンスにお琴

婦人会のお芝居

お茶

陶芸

様々な手芸

人形づくり

絵画

歴史の勉強

兄がプレゼントした

世界地図鑑賞…etc.




疲れたときは

ちょいちょい

横になりながらガーンキラキラ




人生を

謳歌していました




倒れてから

亡くなるまでの

二週間の入院期間は



目は開かず

声も出せず

左半身は動かず



しかし



動ける方の右手足で

一生懸命!

コンタクトを

とってくれました



点滴治療のため

水分は口から入れられず

唇を脱脂綿で

湿らせる程度



治療薬のため

心拍数は200以上も

跳ね上がって



わたくしたちの声は


聞こえていたでしょうが



暗闇の中を

ひとり

水も食べものも

与えられず

全力疾走の上に

鞭を打たれる!

拷問のような

孤独なたたかい

だったと

今も思います



もう

これ以上ないほど

限界を越えて

彼女は

頑張りぬきましたが



力つきて

昨年の11月20日

倒れてから二週間後



この世を去りました



母にとって

最愛の息子である

兄が

看取ってくれました



わたくしは

仕事のため一時

東京に

戻っていたときでした




入院中

頑張っている母に

会いに行ったとき

わたくしは



「頑張って」とは

とても

言えませんでした



こんなに

頑張っている人に

これ以上

鞭打つようなことばは



言えませんでした




一生懸命

手足をさすったり

…ねえ

大丈夫だよ大丈夫だよ



何かよくわからない

ことばを

口にしていたように

思います




彼女が去ってしまった







母に捧げる



ことば



それは



「いつもありがとう」



「大好きだよ」




楽屋には



お位牌も

遺影も

置いていないので



空に向かって



毎日唱えています



娘としては

親不幸街道

まっしぐらの

わたくしですが



亡くなる二ヶ月前

夜行バスに乗って

会いに行き



母が

生きて元気なときに

一緒に過ごす時間を

少しだけ持てたのが

唯一

親孝行……かな?



大好きなひとに



大好きって



いつも



伝えたい



この夏迎える

わたくしの誕生日は



世界一大好きな

母の

思い出がつまった

実家で

ひとり

過ごそうと

思っています



♪ひーるざわーるど♪



わんわんあいらぶゆうドキドキ



あなたが大好き