昨日は
父の日でしたね
日曜日の
ファンタージェンは
ご家族連れが多く
父の日のお祝いに
ケーキやプレゼントを
求めるお客様で
賑わっていました
今は亡きわが父
重夫さんは
最期は
呉服店の主として
亡くなりましたが
その前は
教師であったそうです
父の葬儀のとき
父の同級生だった
T校長先生の弔辞で
そのことを知りました
生涯で一番楽しい
時期だったようです
戦争にも行っています
昨日まで仲良く
話していた同僚の
頭が吹っ飛ぶのを
隣で目の当たりにした
と
父の口から
聞いたことがあります
俳句が趣味
囲碁も好きでしたね
もしかしたら
釣りも好きだったかしら?
お酒は
あまり強くなかった
と思いますが
毎晩
晩酌していましたね
(血筋!?)
実家は岩手ですが
近江商人の
血筋だったらしく
お店の仕入れで
東京の馬喰町や
山形の鶴岡や
岐阜まで
出かけて行きました
母やわたくしも
ときおり
連れて行ってくれました
馬喰町の
隣の物音
まる聞こえ!!の
小さな商人宿に泊まって
仕入れでもらう
チケットを使って
「埼玉屋」という食堂で
ご飯をいただくのが
とても楽しみでした

父と母はお見合い結婚
父は最初
母に断られたm(__)m
らしいですが




めげずに
頑張ったらしい
(笑)若き日の
重夫さんのことを
わたくしは
あまり知らないのです
生前の父を知る方に
お話を伺うと
幼い日の彼は
父の父
(わたくしの祖父)
という人が
生々流転の方だった為か
生母と生き別れで
ほとんど縁がなく
でっち奉公も
経験しているとか
苦労人だからか
聴き上手で
楽しい人だったらしい
わたくしにとっては
おっとりした母に比べて
ちょいとばかり
おっちょこちょいな父
という
印象があります(笑)
9才年上の兄が
おりますが
わたくしといえば
父が歳をとってから
産まれたこども
だったので
かなり甘やかされて
育ったかも
にゃはははは(笑)
ともあれ
「言葉」を愛した父と
音楽や絵画
映画や美しいものが
大好きな母
その間に
生まれた兄も
わたくしも
多分に
その性質を受け継いで
いると思われます
ちなみに
わが理数系兄は
正統な!?オタク
…です

(笑)そのひとの
本当の孤独を
わたくしは
知るよしもない
けれど
そのひとは
いつも
わたくしの中に在る
ありがとうございます
ありがとうございます
ありがとうございます
♪ひーるざわーるど♪
本日はライヴ

愛と笑いと音楽が
いっぱいの
楽しいステージに
なりますように!!
ぴよ