

2012年9月25日
花巻市・宗青寺


参列したお葬式
亡きおば(母の長姉)は
工藤澄子さんといい
中学・高校・大学で
教鞭をとった
教育者であった
でも本当は


宝塚のスターに
なりたかったらしい


専門は家政学で
あったとのことだが
音楽・美術・歴史
様々なことに精通し
賢くお洒落で活発な
お嬢さんであった
いわゆる才媛ですな

母・郁子や
母の亡き次姉
みえこさんも
文学や音楽など
澄子さんに
様々な影響を
受けたとのことだ
母は三姉妹の末妹
今でも
長姉を『澄ちゃん』と
呼んおります
久しぶりに
時を越えて
再会したいとこたち
成長したそのこどもたち
優れて
気配り上手な
男子のいとこたちの
お嫁さんたち
初めて
お目にかかるけれど
なんだか
懐かしい感じのする
繋がりのある
関係者の皆様
…葬儀というのは
人に何かを
思い起こさせる
優れた一大イベント
だと思います
さて件の澄子さんは
馬と鉄の文明を誇った
日本のわが南部地域と
かのヒッタイトとの
共通点に関して
常に熱く!語る人で
あったので
しかも
その話し方も
常にパッショネイトで
田中まきこばりに
力にあふれていたので!
わたくしの脳裏には
澄子さんの
イメージというと
まず
『ヒッタイト』
!!
が浮かぶのである
93才で亡くなったので
てっきり
御病気か老衰なのかと
思っていたら
突然の事故死であった
自分をつらぬく人なので
同居の四男一家が
(彼女は男子四人の母!)
とめるのもきかず
いつものお散歩に
お出かけして
見通しの悪い
信号のないT字路で
車に遭遇した
ということだ
ほぼ即死と聞いた
申し訳ないけれど
なんだかそんな
突然の亡くなり方も
ドラマチックな澄子さんに
相応しい気がする
論客
女丈夫
学者肌
骨董好き
早くに夫を亡くし
女手ひとつで
四人の男子を育て上げた
たたきあげの苦労人
澄子さんには孫が13人
わたくしはお葬式で
そのうち9人に
お目にかかったが
いずれも美しい
聡明な男女であった

澄子さんのご主人は
相当にかっこよい
男子であったらしい
受け継がれてゆく遺伝子
参列のあと
お食事会があり



母と兄と三人
日詰の実家に
滞在できたのは
3時間ほど
おだやかに笑って
兄とわたくしの
身の回りを
あれこれ世話してくれた
わが母
三姉妹の末妹であった
わが母・郁子は
先に次姉を亡くし
今回長姉を亡くし
ひとりになった
彼女の孤独を
わたくしは到底
うかがい知ることは
できない
今はただ
元気いっぱいだった
長姉・澄子さんの
笑顔ばかりが
浮かんで来る
(合掌)


お父様を昨年亡くされ
二代目となった
ご住職が
終始一貫
澄子さんのことを
『おばあさん』と
口にされていたのが残念
名前を
言い間違えないよう
工夫されたのであろう
しかしね
孫たちには
おばあちゃまでも
息子たちには
おかあさん
わが母にとっては
『澄ちゃん』なのだ
そのあたり
配慮が足りないね
二代目…

