こんにちは。
いきなりですが、国選弁護士とは一体何なのか。
国選弁護人とは、国が選任する弁護人です。
国選弁護人が選任されるのは、貧困(現金・預金などの資産が50万円未満)等のために私選弁護人を選任することができず、勾留または起訴された場合です。
どの弁護士を選任するかは国が決めるため、依頼者側で選ぶことはできません。
国選弁護人の弁護士費用は、原則としてかかりませんが、支払能力がある場合には被告人の負担とされます。
(Yahoo!記事より引用)
こうあります。
我が家は、お金があるわけではありませんが、貧困ではないでしょう。
極々普通の一般家庭です。
ですが、息子の場合は金銭面の話など無く、直ぐに国選弁護士がつきました。これが何故なのかは私にもわかりません。
国選弁護士がついたと安堵し、一筋の光が見えた気がしていましたが、それはあくまでも勘違いでした。
国選弁護士からの電話は、正直心が毎回壊れました。
罵りは当たり前。こんな言葉を使う人が、本当に弁護士なのかと疑いたくなるほどでした。
息子のことは、ほとんど留置所での生活を教えてくれるわけでもない。裁判においての進捗状況を教えてくれるわけでもない。
「この人は一体何のために連絡してきているのだろう。」
そんな風に思っていました。
「弁護士って何?」「弁護士ってそもそも必要なのだろうか?」
疑問で頭がいっぱいでした。
国選弁護士に言われた、「あなたは、何故警察や私に対して喰ってかかる事しか出来ないの?」って言葉は今でも忘れません。
そもそも、こちらから喰ってかかるようなことはしていませんからね。私もそこまで馬鹿ではありません。敵にまわして良い相手か、いけない相手かくらいわかっています。
国選弁護士は毎回のように、私に酷い言葉を浴びせます。
「あなた、ちょろちょろと籍を入れたり抜いたり何なの?」とか。
私は、同じ人と2回結婚し2回離婚しています。
もちろん1回目は、自分がその人と一緒に暮らしていきたかったから。
しかしDVが酷く、「生きるか殺されるか」はたまた「子どもと自分の命を守るために、夫を殺すか」の選択肢か頭に浮かばなかった時もありましたが、「私が捕まった後、子どもはどうなるの。施設に引き取られ、養子縁組されていたら・・・。子どものそばで生きて行かなくては。」
そう思い、元夫から逃げるように家を出ていきました。最低限の衣類と、母子手帳・臍の緒・数冊の子どものアルバム、そして大切な宝物である子どもを連れ・・・。貯金なんてありませんでした。仕事にも就いておらず、全く収入もありませんでした。
しかし、子どもが大きくなるにつれ父親の存在を隠すことは出来ないですし、隠す気も端からなかったので、いつかタイミングが来たら父親と会っても良いと思っていたのです。
そして、数年疎遠だった父親と子どもは再会し、父親と子どもは定期的に会うようになりました。
子どもの父親としては頼りに出来るようになり、子どもも思春期でそれなりの反抗期もありましたので、母親として私は一人で親をすることが限界なのかと感じていた頃、息子と話をしたんです。
「あのさ、自分で危なっかしい道ばっかり辿ってるのわかる?今しとる事ってさ、気づいたらパパが居なくて、周りのお友達にはお父さんが居て、心の奥底で寂しいなって気持ちがあったから、それが引き金になったりしてるの?」と、そんな風に話したと思います。
そして、「寂しかった。」と返答があったんです。その一言で私は決めました。
「わかった。今からでもパパと一緒に生活して、あんたが落ち着いてくれるなら再婚するわ。でも、パパに大切にしたい人が居たら別。パパの気持ちもあるから何て言われるかわからんよ。」と言い、その場で私は元夫に電話しました。
「俺の前でそんな話するん?」と、子どもは言いましたが、「これだけの覚悟があるってところを、あなたはちゃんと見ておきなさい。」とそう伝え、「子どもの心の安定の為に、もう一度結婚して欲しいんや。」と話を切り出しました。
元夫も、離婚から10年以上経つと人柄も穏和になっておりDVの心配は不要でした。
子どものためならと、元夫も即「わかった。一緒になろう。」と返事をくれました。そして2回目の結婚になるわけですが、子どもはある程度成長しています。喜んだのは最初だけ。やはり友人と一緒にいる時間の方が多く、私は「何のための再婚だったの?」と思う日々が続き、窮屈な時間でした。私自身、私らしさを失うだけの再婚となりました。
そして2回目の離婚に至るわけですが、これを国選弁護士に説明すると、
「あなた、馬鹿なの?視野が狭いわね。そんなので子どもが落ち着くわけないでしょう?」と。
どんな気持ちで再婚したか、どんな気持ちで離婚したか、どんな気持ちで子どもと向き合ってきていたか。その経緯を一蹴されましたが、この人には何を言っても無駄だと思っていましたから、
「そうですね。あの頃の私はかなり視野が狭かったですね。」
と返事をすると、間髪なく言われました。
「馬鹿すぎるわよ。」と。
内心、「この人も母親のはずなのに、母親としての気持ちも全く寄り添ってくれんのか・・・。」
諦めに近い感情でした。
そして、私の中にもう一人の自分が生まれました。
「流石に、酷いよな・・・。この弁護士を訴えられるんじゃないのかな・・・」
私の心は歪んでいったのです。
次回へ続く