イスラム教は「アッラー」と呼ばれる唯一絶対の神を進行する一神教です。
イスラム教の創始者でもある、ムハンマドは、6歳で孤児となり、祖父、叔父から育てられました。
大人になったムハンマドは、メッカ近くのヒラー山の洞窟で瞑想中に、天使ガブリエルのメッセージを受け、神の言葉を伝える伝道師としての道を選択しました。ムハンマド40歳の時であり、ごく普通の商人として生きていた時のことです。
マディーナ(メディナ)の「預言者のモスク」のあの建築物やムスリムの数を目の当たりにすると、彼が啓示を受けてからの実績は驚くばかりです。
彼は預言者(メッセージを受け取る者)だけではなく政治的な活動もしていました。
最初に行ったのが、当時、多神教だったメッカを一神教にすることでした。
当時のメッカの資金は、多神教のカーバ神殿を巡礼する者の寄付金や賽銭を、クライシュ族が管理して成り立っていました。
エジプトでも、イクナートンが、多神教を解散させて、元の一神教に戻そうとしましたが、多神教によって財を得ていた神官たちから毒殺されました。
ムハンマドも同じように迫害を受け、マディーナ(メディナ)に逃げたのです。そして、彼の家族と数少ない信者との、改革の始まりとなりました。
っと…思い出したのですが…
4月に訪れたトルコのマルディンで、「ムハンマドのヒゲ」、「ムハンマドの足跡」を置いてあるモスクに訪れました。
ムハンマドの髭
ムハンマドがトプカプ神殿を訪れた時に、
理容師によって切られたヒゲです。
ムハンマドの足跡
こちらは、帰国する日に、出発ギリギリに、
ホテルスタッフの反対を押し切って訪れたモスク
ここでもとても熱いエネルギーを受け取りました。
トルコの旅と今回のサウジアラビアの旅も、本来、シュメール文明に触れることが大きな目的でした。
なので、ムハンマドがどのような人生を送った人物なのか、詳しくは知りませんでした。
今回の「水上のモスク」での強烈な体験により、帰国してから彼のことを調べ始めました。
いつものことですが、聖地を訪れてから、その人物に興味を抱き、調べたくなる気持ちが止まらなくなります。
スリランカを初めて訪れた時に、お釈迦様の陽だまりのように優しく平和なエネルギーを感じ、インドとスリランカへと何度も足を運び、仏陀について学んでいきました。
きっと、最初に情報を入れない方が「感じる力」によって動かされることを大切にできるのでしょうね