純粋意識とは心臓内部の歓喜鞘の中にあると言われています。
心臓内部にある小さな種なしブドウのようなものがあり、その中に金色に輝く歓喜鞘がすっぽり入っています。
そして6つの光る球体によって、この歓喜鞘が出来ています。
1. 絶対者ブラフマン
2. 微細根本自性
ブラフマンの内側にある球体
これが1つの鞘のようになっています。
その中に微細生気、我執、心素、真我が存在します。
3. 微細生気
真我と心素が結びついたもので、
生命力よりも粗雑な生命の活動力
4. 我執
微細生気の内側にある球体
私という自我意識が生じてくる我想が粗雑になったもの
5. 心素
我執球の内側にあります。
最も敏感な働きをします。
運動よりも知識が優位にたっています。
6. 真我
心素球の内側にあります。
原子よりも小さいです。
微細根本自性が宇宙と直結している部分です。
この部分の詰まりを徹底的にクリアニングすると、ダイレクトに宇宙と繋がり、極めて純粋なエネルギ−の供給を宇宙から得ることができます。
自分の人生は、自分が進化するために作られたシナリオです。そのことに気がつくことによって(トラウマがないことを知る)、私達は絶対者ブラフマンの領域に到達することができます。
歓喜の中で絶対的な自由を手に入れることができるのです。
絶対者ブラフマンの領域の奥に、純粋意識に関わる宇宙が存在するので、まず、このブラフマンの領域に達してから、宇宙の強いエネルギーに繫がることで、真の幸せ、歓喜と愛を手に入れることができるのです。
つまりブラフマンと自分自身が同一化されるようになるのです。
純粋意識を輝かせるためには、瞑想をすることです。
瞑想をすることで三味(ざんまい・Samādhi、サマーディの音写)が熟練され、あるものを認識しようとした時に、心素と理智が精妙な状態になり、そのものの直接的知識が直覚智によって得られるようになります。
その結果、自分自身で自分を解放してヒーリングできるようになるのです。
有分別(うふんべつ)三昧
私という存在を感じている状態です。
自我意識がある状態で色とか形、名称といった粗雑な部分を識別している状態です。
そのものを識別しているという意識と、自分が識別している意識がそこに残っている状態です。
有尋(うじん)三昧
どのように機能しいてるかを調べる段階です。
瞑想する者と瞑想の客体、瞑想しているという事実は別々の意識として存在しています。
有伺(うし)三昧
粗雑次元の物体をつくり上げる質量因である微細元素を霊視するために、理智が頭頂部にあるブラフマンドラに向けてその働きを集中させている状態です。
そのものの形や色、静か動か、大か小か、その物体がどんなもので造られているか、どんな目的のためにあるのか、といったことを識別できます。
ブラフマンドラの中の精妙な物体とは、微細感覚器官とか、意思、理智、球形をした5種類の微細元素などを、ヨガや瞑想によって、私たちが内側を常に観察できるようになれば、自分という存在は他のことをしていても、もう1つの意識は自然に内側に向くようになります。
なので、特に観察しているという意思がなくても、自分の内側に光を灯すことができるのです。
そして何よりも大切なのは自分の中から光を見つけ、自分の外側まで広げていくことが出来るようなることです。
この時、自分の中から純粋で善という性質を持ったものが優位になっている状態でなので、活発に動いたとしても、いろんなことが幸福の中で行われていきます。
エゴも執着もなくなっている状態なので、常に自分は満たされており、誰かをうらやむ必要もないく、誰からか何かを奪う必要性も感じないからです。
しかし、自分の中が暗闇で悩みを抱えている状態だと、暗という性質が優位に立った状態になっており、その状態でプラーナを活発に身体の中に入れ込んでいると、自分の中にある動きがこの生気と交じり合って、「自分はこれを欲している」っと錯覚を及ぼすのです。
これは、実は自分の中に刷り込まれている過去の記憶が蘇り、興奮した記憶などの欲がドンドン大きくなっていくからです。
そうなると、いろんな欲が過剰に働きだして、その欲を満たしたとしても欲は更なる欲を求めるようになります。
そして、まるで自分が覚醒したかのような感覚になり、「欲を満足させるまで、もっと得られるはず」と、「歓喜が訪れた」と錯覚してしまうのです。
静かなその状態を成長したと勘違いするのです。
この時、この欲の連鎖を止めるには、自分の中の光を見つけ出すことが必要になります。
その光が、自分の欲情が意識化される前に光が静止してくれるのです。
嫌な体験をしたはずなのに、その場所に戻る人達がいます。
例えば暴力を受けたり、性的な嫌がらせを受けたとしても、それを愛だと勘違いする脳を私たちが持っているからです。
「愛されたい」「自分の居場所がない」と思っている方は、その苦い経験さえも自分の中で美化し始めるのです。
次のステージが待っていることを忘れて、過去の楽しかった思い出が記憶として蘇り、その時感じた幸福感や強いエネルギ−の所にまた戻りたくなるのです。
そして、また同じことを繰り返していく…
両親の愛に飢えていたり、自分を孤独だと感じる人はこのような体験をしがちです。
なので、ヨガや呼吸法でプラーナをたくさん取り入れていると同時に、ここで書かれているように自分の中にある心の闇を解放することが、とても大切になるのです。
そうでないと、闇とプラーナが交じり合ってしまい欲望のまま生きてしまうようになってしまうからです。
本来は冷静に判断できる事も出来なくなってしまい、自分が幸せになる方向とは真逆の道を進むことになってしまいます。
それに依存と寂しさが絡まってしまうと、もう関係が終わっていて別れが必要な相手や、自分に苦しみを与えた人を恋しく感じてしまうのです。
そして、その執着や欲望に負けてしまい、戻ってはいけない場所に戻り、その一瞬は幸せだと勘違いすることで、結果的に更に大きな悲しみを自分に与えてしまうことになります。
自分の内側にある純粋意識を輝かせることで、依存や執着のない領域で自分が幸せになるための人生の居場所を必ず見つけることができます。
この内容は「魂の科学」という本を参考にして書いています。