それからはスープのことばかり考えて暮らした (中公文庫)

   2009年9月第一刷発行 吉田篤弘 著


という小説を最近読んだ。
この人の書く控えめな文章が好きだ。
「僕」が気づく日常のディテールは詳しくは表現されていない。
でも、行間や、言葉の合間に私の既視感覚を流し込むやさしい隙がある。
そうして筆者と私だけの「どこかにある景色」を共有する。

今回は「スープ」の香りと味わいも共有した。
詳しい読後感想はまた今度。




この筆者との出会いはこの小説。
2年前の感想文を振り返って、やっぱりこの人の文章が
好きな理由を確信した。


  つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫)


   2005年11月第一刷発行 189頁。吉田篤弘 著

   $空間の神は『エロス』に宿る
 


   その食堂はどこかで見たことがあるのでは、
   と思うくらい
   文字と文字の間で風景として合成されていく。
   なので立ち読みをやめて買った一冊。

   何の変哲も無い、でも今では見かけない、
   静かなまちの角にある「食堂」に
   料理を食べにくるお客が登場人物。

   食堂のお皿、夜の果物屋の軒下の彩り、
   「私」の父の手品、思い出のエスプレッソマシーン、
   古本屋の値のつけ方、帽子屋さんの薀蓄、
   そして「ここ」という場所があるのかないのか、
   自分が「ここ」にいるのかいないのか・・・。
   目線は宇宙だったり、万歩計だったり。

   景色の切り取りのような、
   「私」の独り言のような、
   取り留めの無い一節一節に
   静かに同化していく感覚が
   眠る前の本として最適だった。

   装丁デザインでブックデザイン賞を取っているという
   著者の文章表現は、あくまでも控えめなのに
   小さなディテールをちょっと浮き立たせることで
   周りの景色まで作ってしまう。
   だから読み手の頭の中にある部品と同調して
   不思議な「懐かしさ」と共に景色がつくられていく。

   読み終わるのが惜しいと思った一冊。




そう、この人の文章には「引き算の美学」があるのだ。




その引き算から生まれる小さなギャップに切ない同調を覚える。
これもエロス。