心の鏡 -3ページ目

心の鏡

自分の考え、想い、考察 等々
好きなことを適当に書いていく予定

更新が遅れてしまいましたが、前の投稿の続きになります。

(個人的な考えとして)
物語には明確なメッセージが込められてなければならない、という話までしていました。
これから具体例を挙げてみましょうか。

まず、
「かちかち山」。
(ストーリーについて長々説明するのも大変なので、知っている前提で・・・)
どういう話で終わるかというと、
おばあさんを殺す等々、残忍な行為を働きつづけたたぬきに対して、
おばあさん、おじいさんに恩を感じていたうさぎが仇討ちをする。
といったところでしょうか。(間違ってたらごめんなさい)

このメッセージが何かといえば、(自分の解釈ですが、)
「悪いことをすると、必ず自分の身にも悪いことが降り注ぐ」とか
「悪人は制裁される」といったところでしょうか。

やはりシンプルですね。
子供たちに読み聞かせるものですから、当然といえば当然なんでしょうが・・・

次に「桃太郎」。(ストーリーについては省略)
このメッセージは、
「仲間と協力すると、大きなことを成し遂げられる(だから、仲間を大切にしろ)」とか
「正義は報われ、悪は制裁されるものだ」みたいなところでしょうか。
これまたシンプルです。

「正義と悪」というテーマは童話、昔話では定番ですね。
(今の小説、漫画等々でも定番ですが・・・)
それだけ、人間にとって深いテーマだということでしょう。

今度はグリム童話に移って
「灰かぶり(=シンデレラ)」。(自分はあまりシンデレラという名称が好きではないです)
実母が亡くなってしまし、継母とその姉妹からいじめを受け続けていた灰かぶりが
最終的には王子様と結ばれる、みたいな感じでしょうか。
このメッセージ性としては、
「地道な努力が大切」とか「誠実な人は報われる」とか
「他人を蔑むようなことはしてはいけない」といったあたりですかね。


さて、3作品のメッセージを自分なりに解釈して書いてきましたが、
(ここからが本題ですが、)
見方、捉え方によっては、違うメッセージを導き出すことができる、
このことが昔話、童話の魅力なのではないかと思うのです。
言い方を変えると、あえて、その物語に対して疑問を投げかけるということが
面白さのひとつではないか? という感じです。

↑の三作品を見ていくと、

「かちかち山」
自分はこのストーリーを読むと、どうにももやもやした感じがするのです。
(こんなことを考えるのもどうか、と思いますが、)
うさぎは見事、仇討ちを果たしました(たぬきを湖(海?)に沈めてしまいます)。
しかし、

「この後、うさぎはおじいさんと、のうのうと暮らしていけるのだろうか?」
と自分は思うのです。
うさぎは自分がしたことの罪を背負って生きていかなくてはならない。
また、おじいさんは生き残っていても、おばあさんは当然のことながら帰ってこない。こんな状況ではたして満足できるものなのか?

こんなことを想像してしまいます。なんとも捻くれてますね。(笑)

だったら、たぬきを生かしつづけるのか?という反論もありそうですが・・・

次に「桃太郎」。
これは桃太郎が紛れもない「正義」として語られています。
しかし、「本当に桃太郎が正義なのか?」
もしかすると、桃太郎は悪なのかもしれない。
仮に、これを「物語」ではなく、語り継がれてきた「歴史」と捉えると、
意味がまるで変わるように思うのです。
「歴史」というのは、あくまで「勝者の歴史」ですから、
「桃太郎」が「勝者」ではあっても、「正義」ではない可能性があるのです。
たとえば、「鬼」を「外国人」(桃太郎がまったく知らないお国の人)であり、
こちら(日本とすればいいでしょう)に興味本位で来たとしましょう。
そして、日本の地で、いろんなことを教えてくれ、その結果、日本がより発展しました。
そしたら、日本を守る立場(地主あたりで捉えるといいかもしれません)であった「桃太郎」が地元の民からの信頼を相対的に失い、
そのことに危機感なり嫉妬なりを覚えた「桃太郎」が「鬼」を追い立てて、追放する。
もし、背後にこんなストーリーがあったなら、紛れもなく、
「桃太郎=悪」となり、「鬼=正義」となります。
逆にこういう想像をしてみた方が面白いと言えるかもしれませんね。

最後に「灰かぶり」。
灰かぶりは最終的に王子様と結ばれます。
確かにこれだけ見ればハッピーエンドでしょう。
しかし、この後を想像してみると、灰かぶりの父親(継母の旦那)は、灰かぶりと継母との間に挟まれた状態になります。そうなると、おそらくこの父親は居場所をなくすかもしれません。
(もしかすると、王子様が父親も招待→父親と継母疎遠になるみたいなパターンもあるかもしれませんが。(笑))
さらに、アフターストーリーを想像しなくても、
はたして、継母の姉妹はどうなるのか?というところもあるでしょう。
もしかすると、姉妹は本当に王子様に惚れていた、という線もあるかもしれないし、
本当に惚れていたわけではないけれど、継母の存在があまりにも恐ろしく、
仕方なく足の指を切ったり、かかとを削いだりしてまで、従わざるを得なかったというのもあるかもしれません。(このあたりの「グロさ」が日本と外国の違いの顕著なところですね)
そう考えてみると、姉妹は必ずしも悪とも言えず、むしろ灰かぶりよりよほど不幸な身であると言えるかもしれません。

ここまで、色んな話を繰り広げてきましたが、
何を言いたいのかといえば、童話や昔話の魅力は
「子供にも伝わるシンプルなストーリーである」ことだけでなく、
「(明確なメッセージがありながらも、)読者の想像の余地がたくさん残されている」
ところにあるのではないかと思うのです。
しかも、その想像次第では、正義と悪すら逆転することもある。
自分が童話や昔話が好きな理由はそこにあるのではないかなと思っています。
さらに言うならば、「ロマンがある」ということもあるかもしれませんが。(笑)

とりあえず、この話題についてはここまでです。
読んでくださった方、ありがとう。