朝日の絵は、朝に見るのが一番よい。

夜の絵は、夜に見るに限る。

 

絵をよりよく鑑賞する時間帯は限られる。

 

夜の情景を描いた絵を、朝に見たのでは、夜に見えていたことが、見えなくなる。

夜のデートと日中のデートが違うように、夜の絵は朝になると、その妖力が消えてしまう。

 

「人間は 昼間はものを 見て活動しているので、光が去った夜は不安である。でもそのふんわりとした不安が、魅力でもある。何か別の力が、その不安の中から湧いてくる感じがあるからだ。何かわからない不明の力、妖しげな力、悪いことかもしれない力、そういう。見えないけれど何か見えてくるような夜の世界が、 広重の絵には、そうだ、この感じ、という感触で描かれている。」( 赤瀬川源平が選ぶ 広重ベスト百景、 講談社)

 

(春夜美人図(または夜桜美人図)、葛飾応為、メナード美術館

 

3か月くらい、この絵の原寸大の印刷物を、部屋に掛けてぼんやりとみていた。

最初、手の影のところが、何か汚れのように見えて、絵全体の印象を悪くしていた。

 

 

西洋画においては、皮膚の影は黒く表現されない。

応為は墨色を塗っている。

西洋画を見慣れた者にとっては、黒い影は汚れたように感じられる。

 

 

ある日の夕方 この絵の前に立って 眺めると、 いつもと何か違う感じがした。

日中と夜では 人間の生理は変わる。

 

夜見るとこの絵はがぜん 美しく、妖しく見える。

少し危険だと思ったが 誘惑には勝てず、ろうそくの火を 灯篭のあたりに近づけてみた、すると驚いたことに、手の部分が 恐ろしいほどに立体的に現れてきた。

墨色の影は、夜の影であったのだ。

 

ろうそくの炎の揺れに伴い夜空の星も瞬き始めた。

 

我が家に掛けている春夜美人図は額装していない。

裸のまま、掛けているので、ろうそくの火を近づけるのは、火事の危険がある。

なので、今は電気式ろうそくを使っている。

 

江戸時代 葛飾応為がこの絵を描いた時には LEDライトはなかった。

江戸時代の部屋の中には何本かのろうそくが灯っていたに違いない。

 

この絵の、現物があるメナード美術館に行っても、昼間のLEDライトの下では、この絵の真の妖しさは見ることができない。

夜に、この絵を見ることができるのは学芸員だけである。

 

この絵の構図を見てみる。

 

 

筆を持つ手が中心のすぐ下の三角形の中に納まっていることが分かる。

 

葛飾応為、恐るべし。

 

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