(1) 政府はなぜ国民に冷静さを求めないのでしょうか
北朝鮮の平成29年8月26日のミサイル発射の際には冷静に対応するメッセージでした。
(テレ朝ニュース、2017/08/26 08:46)では菅官房長官は以下のように言っています。
「北朝鮮がミサイルを発射したという報道を受けて、直後から我が国の安全保障に直ちに影響を与えるものではない、そのような報告を受けました。先ほど、改めて関係省庁から包括的な報告を受けました。その結果としても、我が国の領域や排他的経済水域内に落下するという、そのような弾道ミサイルは確認されなかったということです。改めて、我が国の安全保障に直接影響を与えるものではなかったと確認することができました。」
https://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000108573.html
しかし、北朝鮮が2017年8月29日午前5時58分にミサイルを発射した時に、政府は次のようにメッセージを発しました。
「安倍晋三首相は「わが国を飛び越えるミサイル発射という暴挙は、これまでにない深刻かつ重大な脅威だ」と述べた。」((産経ニュース、2017.8.29 20:07)
https://www.sankei.com/politics/news/170829/plt1708290077-n1.html
8月29日のミサイル発射について、「防衛省は自民党の会合で「領域に向けた発射ではなかった」と説明した。」(前掲、産経ニュース、2017.8.29 20:07)
「北朝鮮のミサイルが日本上空を通過したのは、2016年2月7日に長距離弾道ミサイルが沖縄県上空を通って以来で5回目。」(前掲、産経ニュース、2017.8.29 20:07)
北朝鮮のミサイルが2016年2月以来日本上空を通ったのは5回目であったが、4回目までは少なくとも危機を煽るようなメッセージは出していません。
2017年8月26日のメッセージは「我が国の安全保障に直接影響を与えるものではない。」となっていますが、8月29日のメッセージ「深刻かつ重大な脅威」については、誰にとっての脅威なのか明確ではありません。
「日本の危機に決まっている」言わなくても分かるだろうというかもしれません。
重大な脅威を与えているのが「我が国」なのか、あるいは「国際社会」なのかでは、日本国民の感情は大きく異なります。
2017年8月26日から29日の間にどのような変化があったのか、国民には全く説明されず、「これまでにない深刻かつ重大な脅威だ」ということになっています。
メディアも野党の政治家も、北朝鮮のミサイル発射について(判断)を変えた理由を追及していません。
(2)26日から29日の間に何があったのでしょうか
BBCニュース、NEWS,JAPANには次のような記述があります。
「北朝鮮は29日未明、日本海に向けて弾道ミサイル1発を発射した。米国防総省によると、約1000キロ飛行し、日本海に落下した。ジェイムズ・マティス米国防長官は、発射された大陸間弾道ミサイルの高度はこれまでで最も高く、世界全体への脅威だと述べた。
マティス長官はホワイトハウスでドナルド・トランプ大統領や政府高官にミサイル発射の概要を説明した上で、「正直言って、これまでのどの発射よりも高く上がった」と述べた。その上で、北朝鮮は「世界中に脅威をもたらす弾道ミサイル」を開発していると付け加えた。・・・中略・・・・
「8月29日―弾道ミサイルを北東方向へ発射。ミサイルは日本の北海道上空を通過した後、北太平洋上に落下した。核弾頭が搭載可能なミサイル発射はこれが初めてとされる。韓国軍合同参謀本部によると、ミサイルは2700キロの距離を飛行し、最大高度550キロに到達した。」(BBCニュース、NEWS,JAPAN、2017年11月29日)
https://www.bbc.com/japanese/42161876
マティス長官は、「世界全体への脅威」と言っていますが、「同盟国の日本にとって脅威」とは言っていません。
(3)防衛白書では以前からミサイル発射は重大な脅威としていた
「防衛白書(平成28年度版)」(刊行によせて)には、
「北朝鮮は、今年に入ってから核実験や弾道ミサイルの発射など、軍事的な挑発的言動を繰り返してきました。北朝鮮のこうした軍事的な動きは、わが国はもとより、地域・国際社会の安全に関する重大かつ差し迫った脅威となっています。」
https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2016/html/nk000000.html
(概観)
「特に、北朝鮮による核兵器・弾道ミサイル開発の更なる進展は、国際社会に背を向けた度重なる挑発的言動とあいまって、わが国を含む地域・国際社会の安全に対する重大かつ差し迫った脅威となっている。」
(第2節 アジア太平洋地域の安全保障環境)
「北朝鮮は、わが国を含む関係国に対する挑発的言動を繰り返し、特に13(平成25)年には、わが国の具体的な都市名をあげて弾道ミサイルの打撃圏内にあることなどを強調した。このような北朝鮮の軍事動向は、わが国はもとより、地域・国際社会の安全に対する重大かつ差し迫った脅威となっている。」
https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2016/html/nd100000.html
「防衛白書(平成30年度版)」(刊行によせて)には、
「昨年まで核実験や弾道ミサイルの発射を繰り返してきた北朝鮮は、本年に入ってから対話の動きを見せていますが、例えば、今なお、わが国のほぼ全域を射程に収めるノドン・ミサイルを数百発保有し、これを実戦配備して(太字筆者)いるという事実は、看過できるものではありません。」
https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2018/html/nk000000.html
(概観)
「特に、北朝鮮は、16(平成28)年来、過去最大出力と推定される規模の核実験を含む3回の核実験のほか、わが国を飛び越えたものやICBM級の長射程のものを含む40発もの弾道ミサイルの発射を強行しており、その核・ミサイル開発などの軍事的な動きは、わが国の安全に対する、これまでにない重大かつ差し迫った脅威となっている。」
(第1節 アジア太平洋地域の安全保障環境)
「北朝鮮は、わが国を含む関係国に対する挑発的言動を繰り返しており、13(平成25)年には、わが国の具体的な都市名をあげて弾道ミサイルの打撃圏内にあることなどを強調したほか、17(平成29)年3月の弾道ミサイル4発同時発射について、在日米軍基地を打撃目標とする訓練であったと発表している。最近では、17(平成29)年9月13日の朝鮮中央放送が、「日本列島を核爆弾で海中に沈める」旨述べるなど、わが国に対する核兵器による攻撃意思も繰り返し示している。このような、わが国に対するミサイル攻撃の示唆などの挑発的言動とあいまって、北朝鮮の軍事的な動きは、わが国の安全に対するこれまでにない重大かつ差し迫った脅威であり、地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものとなっている。また、北朝鮮による日本人拉致問題は、わが国の主権及び国民の生命と安全に関わる重大な問題であるが、依然未解決であり、北朝鮮側の具体的な行動が求められる。」
https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2018/html/n11100000.html
2017年8月26日の菅官房長官の「我が国の安全保障に直接影響を与えるものではない。」というメッセージだけが際立って異なっているように思います。
(1944年、南太平洋海戦、石川寅治、東京国立美術館)
墜落するのが敵機だけという戦意高揚の絵画ですが、色彩は美しい。
(4)北朝鮮は領空侵犯していないという意見があります
8月29日のミサイル発射によって、それ以前の状況と比べ日本の安全保障を悪くしたわけではないと佐藤優は言います。
(幻冬舎 富裕層向け資産防衛メディア|ゴールドオンライン
北朝鮮のミサイル問題で浮き彫りになった「日本の不思議」佐藤優の地政学リスク講座~米朝開戦の可能性【第6回】)
「北朝鮮のミサイルについて、各社報道では「上空」を飛んだと書いていました。北朝鮮のミサイルが飛んだ高度は8月29日が550キロメートル。9月15日が800キロメートル。これは領空侵犯などとは全然関係ない。550キロだったら、今この瞬間だって、日本の上に何十個もの人工衛星が飛んでいます。こんなことで騒いだらいけないんです。
北朝鮮は確かに悪い国です。しかし、8月29日のミサイル発射によって、その悪さがどの程度変化したのでしょうか。
・・・中略・・・
要するに、今回のことに関しては、何も今までと変化はないのに、日本だけ、天地がひっくり返ったような大騒ぎをしている。そういうことなんです。」
https://gentosha-go.com/articles/-/14021
(5)長距離弾道ミサイルは日本にとって危機か
日本の上空を通る長距離弾道ミサイルはアメリカをターゲットにしています。
日本の上空を通る長距離弾道ミサイルが危険なのは、そのミサイルの完成度が低く不完全なため事故を起こし、日本墜落する可能性があるからです。
ですから、「わが国を飛び越えるミサイル発射は暴挙です」が、それが直ちに日本にとって「これまでにない深刻かつ重大な脅威だ」となりま せん。
アメリカが北朝鮮の長距離弾道ミサイルの実験を「アメリカにとってこれまでにない深刻かつ重大な脅威だ。」というのは分かります。
北朝鮮が日本に向かって長距離弾道ミサイルを撃ち込むことはありません。そんなもったいないことはしません。
それよりも、日本にとって重大な脅威なのは、防衛白書にあるように「今なお、わが国のほぼ全域を射程に収めるノドン・ミサイルを数百発保有し、これを実戦配備しているという事実。」です。その脅威はとっくの昔からあった重大な脅威です。
アメリカにとって自分の本土に到達しないノドン・ミサイルは少しも脅威ではありません。
アメリカの認識としては「日本のほぼ全域を射程に収めるノドン・ミサイルを数百発保有し、これを実戦配備しているという事実は、(アメリカにとって)看過できるものではありません。」と考えるのが自然です。
アメリカ本土に到達を目指す長距離弾道ミサイルの実験は、日本にとって「我が国の安全保障に直接影響を与えるものではないが、看過できるものではない。」という認識のほうが自然です。
日本にとって脅威なのは、ノドン・ミサイルを数百発ですか、それとも長距離弾道ミサイルの実験ですか。
防衛省は日本民の国防を最優先の感覚を持っているハズですが、「防衛白書(平成30年度版)」の記述は、防衛省の最優先は日本ではなく、アメリカなのではないかと疑いたくなります。
(6)北朝鮮の挑発は日本にとって、どれだけの危機か
北朝鮮の挑発は
「①(平成25)年には、わが国の具体的な都市名をあげて弾道ミサイルの打撃圏内にあることなどを強調した。
②(平成29)年3月の弾道ミサイル4発同時発射について、在日米軍基地を打撃目標とする訓練であったと発表している。
③(平成29)年9月13日の朝鮮中央放送が、「日本列島を核爆弾で海中に沈める」旨述べるなど、わが国に対する核兵器による攻撃意思も繰り返し示している。」
(防衛白書(平成30年度版)より)です。
この程度の挑発を日本は危機と認識すべきでしょうか。
防衛白書(平成28年度版)には「特に(平成25)年には、わが国の具体的な都市名をあげて弾道ミサイルの打撃圏内にあることなどを強調した」とあります。
以後3年間はこれ以上の挑発はなかったことになります。そして、(平成29)までの4年間は特筆すべき挑発はなかったということになります。
どの挑発を危機として認識するかの認識基準は公開されているのでしょうか。
(7)イージス・アショアの配備が加速しました
何故、日本政府は平成29年8月29日の長距離弾道ミサイルの発射を大騒ぎしているのでしょうか。
「我が国の安全保障に直接影響を与えない」から「わが国の安全に対する重大な脅威」に変更し危機を強調したことに続いて、日本政府はイージス・アショアを配備することを決定しました。
(防衛省・自衛隊)のホームページ
「北朝鮮の核・ミサイルの現状を踏まえれば、イージス・アショアは速やかに配備する必要があります。」(イージス・アショアについて、平 成 30年6月)
https://www.mod.go.jp/j/approach/defense/bmd/pdf/20180613.pdf
「防衛省が地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の導入費用について、2基で総額6千億円以上となると試算している。」 (THE,SNKEI,NWSE、 イージス・アショア 2基で総額6千億円超 関連施設など含めると想定の3倍に 防衛省試算)
https://www.sankei.com/politics/news/180723/plt1807230008-n1.html
「米、陸上イージスの日本売却を承認 2基2350億円」(朝日新聞デジタル)
https://www.asahi.com/articles/ASM1Z2FKWM1ZUHBI00C.html
アメリカは日本に2千億円以上の武器を売ることに成功しました。
私は、「イージス・アショア」の導入に反対しているわけではありません。
反対する判断の材料が乏しいからです。
ただ、私は、「イージス・アショア」の導入に空気を醸し出して、空気のような論理で導入することには反対です。
日本の国防にそれが優先事項である明確で具体的な説明が必要です。
(8)外交青書(2018年版、2019年版)
外務省の外交青書には次のように記述されています。
「北朝鮮によるこれまでにない頻度のミサイル発射や核実験の実施などにも見られるとおり、大量破壊兵器や弾道ミサイル等の移転・拡散・性能向上に関する問題は(太字筆者)、テロ組織等による大量破壊兵器の取得・使用の可能性を含め、日本を含む国際社会全体にとって大きな脅威となっている(太字筆者)。」(外交青書、2018年版)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/2018/html/chapter1_00_01.html#s10101
外交青書(2019年版)の要旨
「(2)大変厳しい状況にある東アジアの安全保障環境
ア 北朝鮮による核・ミサイル開発
北朝鮮は、累次の国連安保理決議に従って、全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ不可逆的な方法での廃棄は行っておらず、北朝鮮の核・ミサイル能力に本質的な変化は見られない(太字筆者)」(外交青書(要旨)、2019年版)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000471203.pdf
外務省は「日本を含む国際社会全体にとって大きな脅威となっている。」(外交青書、2018年版)から、「北朝鮮の核・ミサイル能力に本質的な変化は見られない。」(外交青書(要旨)、2019年版)に変更しましたが、「能力に本質的な変化は見られない。」の(変化)という記述は、何かと比較しなければ出てこない言葉です。外交青書(2018年版)の記述内容と比較して(変化)していないということなのでしょうか。
もしそうなら、「北朝鮮の核・ミサイル能力には2018年と比較し本質的な変化は見られず、大きな脅威となっている。」と記述すべきです。
「能力に本質的な変化は見られない。」のままでは婉曲表現(曖昧表現)で、北朝鮮をどう判断しているか曖昧です。
外交青書は日本国民に正しく理解してもらうためのものなのでしょうか。それとも北朝鮮に向けてのメッセージなのでしょうか。
インターネットの時事通信には次のような記述があります。
「【ソウル時事】韓国外務省報道官は23日、日本の2019年版外交青書発表を受け、「わが国固有の領土である独島(竹島の韓国名)に対し、不当な領有権の主張を繰り返した」と竹島関連の記述に強く抗議する論評を出し、撤回を求めた。」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190423-00000113-jij-kr
私は、外交青書には日本政府の認識を正確に記述すべきであって、諸外国の反応を気にして認識の表現をすべきではないと思います。
そうでないと国民は何が正しいのか分からなくなります。
大きな脅威でないのに「大きな脅威」と言ってはならないし、大きな脅威なのに「大きな脅威ではない」と言ってはなりません。
煽るのも間違いですし、あえて問題視しないのも間違いです。
国防に関する問題は、正確に国民に説明すべきです。婉曲表現(曖昧表現)は極力避けないと、雰囲気で世論が作られることになります。
な
情報が正しく国民に伝えられないと、国民は正しく判断できません。民主主義の前提は国民に正しく情報が伝えられることです。嘘はついていない式の情報を当然のごとく国民に伝えられるところでは、いくら選挙が行われても、民主主義は空洞化します。
「イージス・アショアの配備」が決まったので「本質的な変化は見られない」とトーンダウンしたのですかと勘繰りたくなります。
(9)裸の王様は誰でしょう
「重大な脅威」は判断的表現です。
その「重大な脅威」の具体的な事実を正確に説明しないと、何か分からないが「重大な脅威」という事実があると受け取られてしまいます。
メディアも国会議員も具体的な事実によって判断的表現を検証すべきです。
その言葉が正しい認識を国民に伝えているかどうか、メディアも国会議員もチェックすべきです。
そうしないと、国民は国防を空気・気分・雰囲気で考えることになります。
これは大変危険なことです。
童話「裸の王様」の登場人物の役を割り振ると、日本政府、国会議員、メディア、日本国民、アメリカ、それぞれはどんな役になるでしょう。
?????????????????????????????
********************************