親戚の家へ養女に行って悟ったこと | 娘たちへ☆お母の生きた泣き笑い人生

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気のおもむくままに、感じた事を書いていきます。
娘たちが大きくなって、いつか両親や家族の歴史を知りたくなった時の為に、文字で残しといてやりたいなって思いも含めて書いていきます。
いつか、娘たちがこのブログに辿り着いて読んでくれたら嬉しいな♪



ほんまに
根性の悪い大人が存在すること。

10代の子どもに
底意地の悪い
意地悪する大人が存在すること。

女子高生に
本気で嫉妬する大人が存在すること。


当時、叔父夫婦は30代。
まぁ若いっちゃ若いけど。
姪っ子の私にここまで嫉妬する??


血の繋がりのない義叔母は
私のことが嫌いだった。

私のことが憎たらしかった。

私のことが腹立たしかった。 

女の嫉妬に狂っていた。

私にすごい意地悪だった。

他人と住んだらこんなもの。


私の両親が生きてる間に
子どものいない親戚に養女に行く話が出た。

私の母の弟夫婦の元へ。
歩いて行けるくらいの近所に家がある。

当時私は高2。私の弟は中2。
父はアル中の酒乱で無職。
母は癌が転移して入院手術の繰り返し。

明らかに
家はお金ないと
子どもの私でもわかる。

そんな時に
養女の話を両親から聞いた。
「行きたくなかったら、いかんでええで。」
って両親も言うてくれた。

でも私は
いつかお嫁に行く。
両親の面倒見れへんくらいの遠くへ
お嫁に行くかもなら
近くで私が養女になって
婿養子もらったら
両親の面倒見れるよな。
そう思ったからオッケーした。


そこからすごい嫉妬が始まった。
人間の根性の悪さを垣間見たね。
こんな根性の悪い人っているもんやな!

大の大人が高校生に意地悪する。
今から考えても気色悪い。


養女先は私の実の叔父夫婦。
小さな頃から好きな親戚やった。
優しかったし
いっぱい遊び連れってくれた。


でも私が養女に行ってから急変した。

母の弟夫婦にも
理想の子育てや
理想の子どもってあったと思う。

私は叔父夫婦の
理想通りの子どもじゃなかった。
だからいちいち私にムカついてた。



養女先の義叔母はホント意地悪やった。
私の朝食もお弁当も作ってくれない。
洗濯物も義叔母の下着も洗わせて当然的な。

夕飯の準備は祖母と一緒に作った。

叔父と2人でご飯行くのを極端に嫌った。
「ホントの親子じゃないのに!」って。
でもホントの親子じゃないけど
ホントの叔父と姪の関係。
それにヤキモチ妬くって、
めっちゃ気持ち悪い!


まぁもう、
どうでもええ話しやねんけどね。


ただ唯一許せへんかったことがある。


私の実祖父(私の母の父)に対して
ムカついた叔父(私の母の弟)が、
コタツで座ってたおじぃを蹴ったわけ!

私はすぐに止めに入って
叔父にめっちゃめちゃ怒ったん。

私「何すんのー!!!!!」って。

義叔母「千景は口出ししやんとき!!」って。

いやいや口出しするやん!
こんなヨボヨボのじぃ。
しかもコタツに座ってるだけで、
ちょっと偉そうに言うただけやのに
蹴るって何??何??何??

あー、この義叔母も終わってんな。
私の実叔父も終わってんな。



養女に行って高校も行かせてもろた。
海外旅行も連れってもろた。
短大も行かせてもらった。
ほんとに有り難かった。
(実母もいくらかお金出してくれた)



人って一緒に生活して初めてわかる。
本性でるって言うか
豹変するよね。


いい人生勉強なった。
これでどんな意地悪な家へ嫁いだとしても
私はやっていけると確信した(≧∇≦)

(実家の前でひぃばぁちゃんと。七五三)




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娘たちよ
お母は今
「好きを仕事にする」楽しさを覚えたよ。