「暴言市長」として全国に知られるようになった泉房穂(いずみふさほ)氏が今年2月に出版した著書「子どものまちのつくり方」の第2章「すべての子どもたちを、まちのみんなで」の一節です。

 

子どもに冷たい国=日本

まず言っておきたいのは、日本ほど子どもに冷たい国はないということです。私はこんなに冷たい社会で死にたくないと思っています。もっとましな社会はつくれるはずですし、傲慢かもしれませんが、それに気づいた者がつくるしかないと、子ども心に使命感を抱いてきました。

 

私の弟は先天的に障害があり、近所の小学校ではなく、遠くの擁護が講に行くようにと言われました。歩けない弟が、独りで電車やバスに乗って行けるはずがありません。

 

両親は漁師でしたから、朝の通学時間には海に出ていて送り迎えなどできません。どうやって通えというのでしょうか。歩けない子は近くの学校に入れ、送り迎えもしてあげるのが本来のあり方です。こんなおかしな社会はないと思いました。

 

結局、近所の小学校に通うことになり、弟の送り迎えは私がしました。みんなが手を貸してくれたり、ランドセルを背負ってくれたら美しい話ですが、残念ながら現実は全然違いました。

 

本当にまちの空気が冷たく感じられ、やり切れなさをかみしめていました。こんな理不尽な思いをいつまでもするのは、自分でも嫌だし、他の人にもしてほしくないと思いました。

 

 

両親を亡くし二人だけで暮らす子どものケースがありました。県の教育委員会が、親権者のいない子どもを高校で預かることができないので、退学処分にするというのです。

 

さすがにそれは「ひどい」と校長が相談に来ました。県の児童相談所に行くと、「うちは高校生を担当しません」という返事です。これは本来児童相談所の仕事ではないのかと言っても、動いてはくれませんでした。

 

直接話を聞き、戸籍をたどり、親の実家がある地方まで新幹線を乗り継いで行き、親戚を回って歩きました。事情を説明すると、かわいそうだと言う親族もいましたが、実際は甘くはありませんでした。

 

結局、裁判所に相談して私が未成年後見人になり、親代わりを引き受けることで、高校を退学にならずにすみました。私の法律事務所のすぐ裏のアパートを借りて住ませ、親族や行政に代わって成人するまで面倒をみました。

 

このときも、いかに日本社会が子どもに冷たいのかを思い知りました。目の前に困っている子どもが現にいるのにです。「行政や児相も、もっと本気で真剣に向き合えよ!」と心の中で叫ばずにいられませんでした。

 

 

泉市政そのものは経済的な面も考慮し非常によく練られたものですが、このような個人的な体験談が実に豊富に随所に出てきます。

 

湯浅誠さんが仕切っている(?)同じ頃に出版された「子どもが増えた!」にも興味深いエピソードがたくさん登場します。

 

(ただし、こちらでは湯浅さんから「ゲストより喋りすぎないように」と釘を刺されているので、泉さんはちょっと控えめです。ちなみに、この表紙のイラストは泉市長と大の仲良しのさかなクンが描いたものです。)

 

泉さんにとって、「こどものため」「明石のため」「市民みんなのため」という大元の信念は文字通り「我がこと」なのです。使命感とか市民のためとか言わずに、堂々とこれは「私のためです」と言ってもらって結構なのに、とすら思います。
 

ご存じのとおり、今年1月29日になぜか2年も前の泉市長の「火ぃつけてこい」暴言を切り取って、全国の大手マスコミが攻撃し、謝罪・辞任会見までは大々的に報じていました。

 

が、その後の3月17日の臨時の市長選で前市長の自民候補、北口ひろと氏を破って3倍以上の得票で圧勝したこと、当初責任を感じて立候補を固辞した泉氏を市民有志が署名活動して告示ギリギリで説得して立候補にこぎつけたこと、そして、この4月の(本来の任期満了に伴う)市長選で不戦勝となったことは、どの程度同じマスコミが報じたでしょうか。

 

 

まぁローカルでは一応MBSや神戸新聞は一応報じてはいましたが。

 

なぜこれほど支持されるのか、政局ばっかり報じる日本のマスコミは今回も政策には注目せずです。泉市政が広まると既得権益層は面白くないことが多々あるので、利権への忖度なのかもしれません。

 

泉さんが当選一期めの1年めにもかかわらず、土建屋利権やゼネコン利権を敵に回し戦ってくれたお陰で、明石駅前の一等地の再開発ビル(建設そのものは前市長のときに承認)の中はパチンコ店やゲーセン、サラ金で埋められる代わりに、素晴らしい市民図書館と大手書店、雨天でも使える広い市民広場やカフェ、そして子ども支援センターや青少年のための施設になりました。

 

こども支援センター

明石駅前の市民広場市民広場から臨む明石駅

 

私は上の2冊の本を、たまたま明石駅前のジュンク堂の入り口でみつけたときに図書カードが余っていたので買ったのですが、内容の濃さ、面白さにはちょっと感動しました。自分が明石市民でなくても同じくらい楽しんで一気読みした思います。(「子どものまちのつくり方」のほうは、まだKindle版が出ていないのに文字が小さいので、購入しない方もアマゾンのページの右下にあるKindle化リクエストのClickをよろしくです。)

 

4年前の市長選では、郵便ポストに入っていたチラシが現職の泉市長のものに比べると、対立候補は全く魅力ナシだったので泉氏に投票しただけでした。が、私がまだ東京に住んでいた2011年4月の接戦でこの人を市長にしてくれた市民らには、今さらながら心から感謝します。

 

国政がこんな出鱈目の国で、地方自治体でこんな大変な改革に取り組んでいてくれた人が自分の故郷にいたのか、と。市区町村というのは、いまはここまでできるのか、と。(それがわかる章は、また追々、当ブログで引用紹介していきます。)

 

しかも、今回の騒動以来、テレビ映像やYouTube動画を視ている限り、また明石駅前で直接、街宣を聴いたときも、謝罪だらけで神妙にしすぎているせいなのか、著書に出てくる語りの面白さが全然でてきません。

 

今回の職員罵倒のときも、泉さんの記憶違いが入っていて、職員は怠慢だったとはいえない働きをしていたのですが(あまり報道されてませんが、罵声から20分後には話が通じて和解です)、これまでも思い込みも混じった舌禍で問題を起こして謝罪に追い込まれたことが何度もあるという泉さん。

 過ちを認める潔さはともかく、危なっかしくて見てられないし、感情こもりすぎのコテコテの明石弁(というか泉さんの育った明石西端の二見弁?)もウザい印象を与えてしまう。いい意味でも悪い意味でも東大カラーが全然見えない…。

 

よくこれで初回当選できたなぁと思います笑い泣き。それほど、あの死者を出した2001年の明石花火大会の歩道橋将棋倒し事件以降、市民らは既存の市政(や明石警察)にうんざりしていたのかもしれません。あまりに潔い泉さんの街宣はインパクトが大きかったでしょう。(「子どもが増えた!」にちょっと出てきます。)

 

 

さて、「子どものまちの作り方」第2章の続きに戻ります。

 

SNSではここ数年、あちこちの児童相談所の無責任さや子ども(や親)の悲惨さが度々話題になってきました。最近では東京青山の一等地に児相ができると聴いたスノッブな住民様たちが児童相談所建設に対して反対運動を起こしたりして顰蹙をかっていましたが、とにかく子どものための施設は迷惑がる人たちが多い今の日本です。

 

ただでさえ厄介ごとを嫌うのが役所だというのに、明石市では市長が、しかも自分が市長になるずっと前から、児童相談所を開設することが夢だったわけです。

 

冒頭の引用箇所を読まれたら、もちろんそうだろうと思われるでしょうけれど、泉さんは国内だけでなく他国の行政などもよく勉強してきている人で、また、どんな取り組みでも適材適所のためには専門家を全国公募で採用する方針の人なので、何をやるにも準備万端徹底しているのです。

 

それが、中核市になった明石市が児童相談所を開設した課程にもよく現れています。第2章の終わりのほうを読んでください。

 

本気で子どものまちをつくる

明石市は2018年4月に中核市に移行し、私が市長になる前から強く望んでいた児童相談所を、ようやく設置できる運びとなりました。

措置権を持つことで、迅速に子どもの命を救うことができます。また、早い段階から、よりしっかりと総合的な支援を行うことが可能になります。

 

児童相談所は、すべての子どもを本気で守り育む、支援体制の核となる拠点なのです。2019円4月の児童相談所の開設に向け、数年前から着々と準備を進めてきました。

 

明石の子どものことは、子どもに最も近い基礎自治体である明石市が責任を持ちます。その権限を有する象徴的な施設が児童相談所です。

 

児童相談所を市が持つことで、虐待予防の早期支援から家庭復帰後の支援まで、一貫したセーフティネットを張ることができるのです。「こどもを核としたまちづくり」の、まさに核となる重要な施設に位置づけています。

 

 

児童相談所を設置するのは中核市としては13年ぶりです。全国でも実に9年ぶりの新たな児童相談所の設置となります。

 

中核市に移行してすぐに児童相談所をつくるのも、これまでと同様、本気で子どもを応援し、まちの未来を考えているからです。このため、従事する人員も平均基準を大幅に上回り、児童福祉司や児童心理司を国基準の2倍の配置とするなど、手厚い体制で開設します。

 

気づきの拠点・こども食堂を全焼学校区に

 

児童虐待から子どもを守るためには、早い段階で子どものSOSに気づき、早期支援に繋げることが必要です。その地域拠点として、子どもの歩いて行ける範囲、全28小学校区のすべてに子ども食堂を開設しました。

 

 

子ども食堂は、単にご飯を食べるだけでなく、子どもが発するSOSに気づく役割があります。明石では地域での気づきの拠点です。

 

子どものリスクを把握するのが早ければ早いほど、児童相談所などにつなげて早期の支援ができます。毎日同じTシャツを着ている子などは、親が放置している可能性もあります。太り方がおかしければ、栄養のバランスがとれた食事を摂っていないサインかもしれません。子どもの状況に地域の人が気づき、着実に行政に情報を伝えてもらうため、地域には支援の拠点が要るのです。

 

 

子ども食堂を市内に1か所だけつくっても、それでは不十分です。市内に何か所かつくったとしても、小さな子どもは電車に乗って行けません。お金もありません。行政が子どもに力を入れている振りをしているだけになってしまいます。

 

子どもの立場で考えれば、少なくとも自分の通う小学校のエリアになければ行くのは困難です。すべての小学校区につくるのはあたりまえなのです。市内に1か所だけ立派な子ども食堂をつくる発想ではダメです。

 

子どもの立場に立って、子どもを早期に支援する拠点である以上、すべての地域に必要です。子どものための居場所です。明石は市内の28小学校区、すべての地区にこども食堂がすでに開設されました。現在市内の38か所で実施されています。

 

運営は地域の方々、ボランティアの方々が主役となり、市は1回2万円程度の助成金で応援しています。開設する場所がなければ市の公共空間を提供し、地域の公民館や、小学校の家庭科教室を使っている地域もあります。高齢者のデイサービス施設を夕方に開放して実施する地域もあります。こども食堂は地域での支援者の育成の場でもあるのです。これは里親の普及にも関係してきます。

 

 

早期支援を総合支援につなげる

早期の気づきは、児童相談所へと適切につなげることができます。でも、児童相談所につないで一時保護した子どもの中で、元の家に帰れるのは現状5割程度です。残り半分近くの子どもたちは親元を離れ、別の空間で暮らしていくことになります。

 

日本では、帰ることのできなかった子どもたちの、実に8割から9割ほどが、施設暮らしを余儀なくされるのが現状です。こんな理不尽な国は世界で日本だけです。他の国は、アメリカでもイギリスにしても、少なくとも7割ぐらいの子どもが里親家庭に行くことができています。里親のところへ行けた子どもが、たった1割しかいないのは日本だけです。

 

つまり、早期支援をしても、親から切り離してしまった結果、住んでいた家からも遠ざけられ、日常の家庭生活を失い、かえって不幸になりかねない現実があるのです。

 

(中略)

 

もし母親がいなくなっても、そのあと、親に代わって愛情と栄養を注いで、家庭的環境で育んでくれる里親につなぐ体制ををつくらなければ、無責任になります。

 

こうした観点で明石では、2019年度の児童相談所の開設前、2017年度からすでに里親の登録拡充を始めています。これは初めからセットで行う必要があります。

 

 

児童相談所は単なる一つの箱ではありません。早期支援の地域の拠点となるこども食堂、その後の家庭的受け皿となる里親、両方セットで初めて効果的に機能するのです。さらに中間的な役割として、児童養護施設がなくては有効に機能しないので、明石では2017年につくりました。

 

加えて、乳児院との連携も大切ですし、児童心理の施設や自立支援の施設など、より専門的な施設も必要です。あらかじめ必要な関連施設がそろってこそ、それぞれの重要な役割が、効果的に発揮できるのです。

 

 

児童養護施設は、まちなかに

子どもたちには、心ある総合支援をまちのみんなで提供してあげたいと思っています。全国的にみると、児童養護施設の多くは市街地から離れた辺鄙な場所に設置されていますが、明石の児童養護施設は住宅地の中に新設しました。せめて友だちと会えるぐらいの距離に施設がなければ、子どもはそれまで暮らしていたすべての環境から切り離されてしまいます。

 

明石の児童養護施設は地域につながる空間です。地域の方との交流もできる空間としたいので、住宅地の中につくりました。実際、ここで暮らしている子どものクラスメイトが遊びにきたり、地域の方との交流が始まったりしています。地域の方々に手伝っていただき、施設に隣接する建物でこども食堂も始めています。辺鄙な場所の施設とは全く発想が違うのです。

 

名将についても、「ザ・施設」という感じではなく、子どもが年賀状に書ける名前にしようと、ちょっと高級マンションみたいな名前に決めました。子どもが自分の住んでいるところを隠さなければならないようではダメです。ここに住んでいると言えるところであるべきです。

もう一つの特徴として、施設の中に親子で暮らせる部屋を2部屋つくりました。いきなり親と子どもを分離せず、いったん親子で一緒に暮らせる空間を確保しています。精神疾患を患うお母さんには、フォローできる体制を敷き、食事が作れなかったら提供もしています。

一時保護した後、いきなり子どもを親元に帰すと、迎えに来たときは精神が落ち着いていても、そのあとで変調をきたす危険性があります。そういった親子には、いったん施設に併設した親子の部屋で暮らしていただき、しばらく様子を見て、親の精神状態に激しい起伏がなく、大丈夫だと確認した上で、家に戻っていただくことにしています。

 

 

できれば、子どもには親と一緒に暮らしてほしいものです。しかし、親元に帰した結果、子どもを死なせることになったら最悪ですし、リスクがあるから切り離すのも不幸です。中間的な支援により、できるかぎり子どもにとって望ましい方法を手探りしていくように心がけています。

 

里親100%を目ざして

明石では、2017年から「里親100%プロジェクト」を始めました。すべての子どもが家庭的な環境で生活することができるように、2019年の児童相談所開設後には、就学前児童の里親委託率100%を目ざしています。

 

厚生労働省は里親への委託率を、今後7年以内に75%以上にする目標を掲げました。日本は今10%台で、100%などはほど遠い惨状ですが、明石では本気で100%にしていく明確な方針を打ち出し、里親制度の啓発に取り組んでいます。

 

 

児童相談所ができれば、明石市は里親への委託を直接お願いすることもできるようになりますので、子どもの環境をできるだけ変えずに地域で育てるという観点から、それまでに里親に登録してくれる人をできるだけ確保し、各小学校区に里親家庭がある状況を実現したいと思っています。

 

その一環として、まずボランティア里親から始めませんかという呼びかけもしています。これは夏休みや年末年始、週末などに数日から1週間程度、施設で暮らしている子どもを家庭に迎え入れる里親です。家庭生活を体験することは子どもにとっても、将来施設を出た後の自立の助けとなりますし、自分のことを思ってくれる人の存在が心の安定につながるはずです。

児童相談所はまちづくりのシンボル

児童相談所は死因の反対なしに設置が決まりました。しかも場所はJRの駅の真ん前です。そんな一等地に児童相談所をつくるわけですから、まさにまちづくりのシンボルです。

 

明石が議会や住民の反対なくできたのは、児童相談所から逃げていないからです。真正面から、これがまちのためだという大義を掲げて、議会にも説明をしてきました。

 

 

私は助けられる子どもの命を助けずして、何のために市長をしているのか、との思いを抱いています。他の市長から「なぜ明石市は児童相談所などをつくるのか」と尋ねられることがありますが、私からすれば逆に「なぜ児童相談所をつくらないのですか」と聞きたいくらいです。

 

子どもが大事と言うなら、本当にまちの未来を考えているなら、リスクや困難があろうとも、しっかりと責任を負わなければなりません。お金がない、と言いますが、明石の財政もそれほど潤沢ではありません。一人当たりの納税額など、兵庫県かでは最低クラスです。お金があまっているわけではないのです。

 

たいして豊かでない明石市でも、すでに児童養護施設をつくり、さらに児童相談所も自前でつくれるのです。他の都市でもできないはずがありません。

 

本当に子どもが大事であれば、予算が厳しいから後回しにするなどという考えが出てくるはずはないと思います。本当に日本の将来を考え、持続可能な社会を目ざすなら、子どもに真剣に向き合うとともに、行政が率先して最優先で責務を果たすべきなのです。

弁護士時代には虐待死した悲惨な子どもの姿も含め、国や社会が見捨てた人たちを大勢見てきた泉さんならではの施策だと思います。

 

後で紹介したい第5章「発想の転換による自治体経営」に、こういうことが書かれています。

…たとえば厚労相などが示してきた標準家庭像は、「お父さんはバリバリ働き収入安定、お母さんは専業主婦で時間に余裕。子どもは二人、男の子と女の子で、ともに元気で明るい子。しかも家族はみんな仲良し」みたいな家庭です。「どこにおるねん、そんな家族」と関西弁で突っ込みたくなります。

(中略)いまだにこんな前提で福祉行政をしているのが、そもそもの間違いです。

 

(中略)

私の標準家庭のイメージは、こうです。

『お父さんは収入不安定で、たまに暴力。お母さんはパートを打ち切られ、心を病みかけ。子どもは不登校がちで、しかもネグレクト状態。家の奥にはおばあさんが半分寝たきり。生活費として借りたサラ金の返済に追われ、生活困窮。』

実際のところ、弁護士時代にそのような家庭からの相談を毎日のように受けてきました。

子どもをサポートするには、家族や周囲の人が全部視野に入ると入らないとでは行政は全然違ってきます。DV親をいかに罰するかばかり議論しているマスゴミや中央行政の官僚、そして全国の人たちに、明石市の試みを叩き台として読んで頂きたいと思います。

 

利権をバックに横暴を繰り返す安倍政権のやりたい放題に絶望する日々が6年以上も続いていますが、一冊の本を読んだだけで自分の住む国にこれほど希望が持てたのは私は初めてです。それほど上質の思想に裏付けられた実践的な内容だからでもあります。

 

できるだけ多くの自治体が、同様の自立を勝ち取って、戦前回帰の洗脳国政から解き放たれ、国が滅びる前にV字回復できればと本気で願います。