コロナ渦も、早くも3年目です。福岡に戻りテレワークを初めて、お袋の介護をしてきて、今後の自分の生活を、どうしようと悩んできましたが、ようやく思い切る事が出来る気がしています。

 

 お袋は、とにかく毎日、食欲もあり体は健康なのですが、認知症が進んできていて、時々私の事がわからなくなってきているようです。その内に私の事も忘れてしまうのでしょうね。

 

 自分自身が大切にしようとしていたものが、無くなってしまったりして、気が落ち込むことも沢山ありました。そんな自分のこれからの人生にとって1番大事な大切な思いが最近無くなってしまいました。どんなに自分がもがいてあらがっても、叶わないこともあるのですね。

 不思議と恨みや妬みなどの気持ちがわいてきません。ただただ悲しく寂しいだけです。

 

 これからの余生を、どうやって生きていくのかを、決める時が来たようです。私の中に残っている思いを大切にしながら、自分がすべきことをして、過ごしていこうと思います。

 

 このブログも、失ってしまった大切な気持ちの為のものでした。もう意味も無くなったように思います。

 

 これで、ここに書き込むのも終わりにしようと思います。

 今までありがとうございました。

 昨年の正月、お節料理を全部、一晩で一人で食べてしまったのですが、今年もまたやってしまっています。

 今年は、親戚も来るのだから全部食べるなと、前もって伝えたにもかかわらず、3段重のお節と、オードブル3人前を元旦に全部食べてしまいました。もう満腹感というのが無くなってしまっていて、あるものは全部食べてしまう。

 

 特養待ちの状態で、老健に預けた後も、こけてしまうのを思うと、簡単には預けられません。極力様子を見ながら、福岡に留まるようにしてはいますが、そうも言っていられない仕事が来るのは目に見えています。

 

 介護鬱とは良く言ったもので、どうしようもない今を対処しようがないのを悶々と考え続けてしまう自分がいます。

 

 思い切るしかないのでしょうね。

 

 いったいどうしたらいいのでしょうね、、、、、

 7年前、2か月に一度のペースで、仕事先から帰省して、2週間ほど滞在を繰り返してた時の夏に帰省した時、それまでとまるで違うお袋を見たのが始まり。

 着てるものは汚れまくって、部屋は埃だらけ、食事は全部コンビニ飯、銀行や役所の手続きは何もできていず、ほっておけば生活ができない状態になってしまう状態になってしまう。

 そこから、役所や銀行の手続き、お袋の金銭管理、要介護の申請、実家の介護の改造、デイサービス、ヘルパー、訪問看護の設定などなど、1年の中で出来るだけのことをした。だが一番肝心な事が2点クリアするのが難しかった。

 その2点とは、仕事してる為、実家に自分が留まることが出来ないこと、お袋が介護のサービスを拒否してしまうこと。

  そんな時、何もかも初めての事で、訳も分からず進めてきた中で、コロナ感染の流行で世界が変わってしまいました。

 

 自分の仕事の難点は、散々悩んだ挙句、実家に戻れなければ辞めるしかないと気持ちを決めて行動を開始した。テレワークさせろと強行、駄目でも帰省する覚悟で準備を始めた。部屋を片付け、荷物を徐々に送り、それまで18年間過ごした家を出て、すべてを変える準備を始めた。仕事を辞めて帰省して、お袋が亡くなったりして、その後の自分の生活はどうなるのかが、まるで見えない事を散々悩んだ末でもあった。

そんな中、テレワークをしていい許可が出て、少々面食らったが、それに従うことにした。

 お袋の介護サービス拒否は、とにかく慣れさせることを進めるしかない、認知症は回復しないし進んでいく。とにもかくにもサービスの利用をさせるように毎日毎日話してなだめて怒ってを繰り返した。

 

 今年に入って、コロナワクチン接種などに連れて行ったりと、夏までは、なんとかできたが、7月に、お袋がコロナ感染、緊急入院、10日後退院するもベットから起き上がれない日々の1か月、食事もとれない毎日で、流動食を飲ませて過ごして、2か月後、ようやく回復した。

 その後、年末の仕事の為にお袋を老健に預けて1か月移動、12月に戻ると、老健から戻ったのはいいが、お袋はまた転びまくる4日間で、ようやく半月を経て、転ばなくなったが、寝て起きてトイレに行く、提供された食事しか食べれない状態になってしまって今に至ります。

 

 実家に拘り、ここを離れようとしないという事が無理な状態になってしまっています。自分一人で、お袋を診ていくのも、もう限界なのでしょうね。

 加えて自分は今後どうしたらいいのかを考えてしまいます。お袋が亡くなった後、この土地は売却の約束が出来ていますが、中にある遺品を片付ける事も建物を除いて売却する為の交渉など作業に数か月はかかるでしょう。自分の住む場所が無くなってしまう中で、自分自身の今後の生活を考える中、移動の資金、今後住む場所など、考えなくてはいけない事がいっぱいです。

 今の仕事先で、死ぬまで働けは出来るかもしれませんが、、自分はもう、これまでのいろんな思いもあり、落ち着いて過ごせる老後を考えたいと思っていますが、どうなりますことやら、、、

 

 もうお袋の意向に沿えない罪悪感も無くなってきました。お袋が元気で過ごせる事は、お袋が望む独居生活ではないと思えます。

 とはいえ、特別養護老人ホームの順番待ちは、まだまだほど遠く、高額な老人ホームに預けることもできない今は、私が傍にいることで過ごすしかないのでしょうね。

 もし、その間に仕事を失うとしても、覚悟するしか無いのでしょうね。

 お袋にとっては、私一人しか頼れる相手がいないのですから。

 

 そんな昨今、これまでのお袋の気持ちが、なんとなくわかる気がします。実家に居たいなかで、一人で過ごしていく中で、とてつもない孤独感を感じてきたのだと、私自身が戻ってきて感じています。少ないなりに親父の遺族年金で、なんとか暮らせるにしても、たった一人での生活の中で、徐々に衰える体力の中で、怪我をし、コロナに感染し、だんだんと心細くなっていったのでしょうね。

 

 お袋を診ながらではありますが、私自身が孤独感を感じます。お袋は、こんな気持ちなのだなと思うようになりました。

 私は、孤独の中で死にたくないと思います。

 

 

 

 先月、年末の仕事の為に神戸へ移動、お袋は老健に1か月預けることで、なんとかやり過ごそうと実行しました。

 預けた当初の1週間ほどは、やはり思った通り帰る帰ると大騒ぎしたようですが、なんとか落ち着いたようです。

 

 私はというと、神戸に着いた途端、仕事仕事作業作業、、目が回ります。それでもなんとかかんとかやり過ごして、12月14日に福岡に移動、お袋は15日に帰宅、、。

 

 夏のコロナ感染での退院後、足腰が弱って転げまくった1週間とは違って大丈夫と思いきや、なんと4日ほど、転げまくっています。隠しカメラで1時間ごとに確認しては、起こしに行きの繰り返し、よく大怪我しなかったものです。

 4日間で15回ほど起き上がれず、へたり込んで床に座ってる状態が続きました。それから少しずつ足腰も動くようになってきましたが、別の意味で、もう独居生活など出来なくなってしまっています。

 

 老健では、朝から晩まで誰か介護役がついていて、トイレに行くにも食事をするにも楽に出来ていたようですし、暖房もあり寒くもなかったのでしょうね。ところが帰宅して、暖房も何もかも施設のようにはいきません。ベットに入っても寒い寒いと毛布や布団を大量に出してきてるのはいいのですが、まともに布団に入れず、それぞれの毛布は団子状態で、その真ん中でしがみついている状態です。それでは温まるはずもありません。エアコンを着けると風が寒いと消してしまいます。

 何かのきっかけで、昔のことを思い出すのでしょうね、寂しい寂しいと泣き出したりします。

 私が食事を用意し、隠しカメラで確認して、何か様子が変であれば、すぐに行き対応し続けないと、もう独居生活など出来ない状態です。

 

 もうお袋は自宅での生活など無理なのだと確信しました。特別養護老人ホームには、まだまだ入れそうにありません。費用の問題もあり、老健へ預けっぱなしもできません。この状態が、まだまだ続くのでしょうね、、、、

 

 長生きはしてほしいですが溜息です、、

 

 世間は、コロナ感染がまた増えています。正月の準備をしながら、例年と同じ年越しをしないといけません。物価は上がり続け、私は自室で電気を極力使わないようにしながら、年末を迎えています。唯一の楽しみがお酒ですかね、、

 アバターは、見に行きたいなと思っていますが、上映時間が3時間以上もあるのですね。なかなか自宅を離れる時間をとれませんが、なんとか行こうと思っています。

 

 コロナは8波が、やってくると大騒ぎです。神戸に移動する日まで、あと1週間程度です。

 

 パソコンに向かって唸りながら作業して(笑)、お袋の食事作って、食料の買い物に行っては、賞味期限の切れそうな材料で何を作ろうとか考えたり、嫌がるお袋のデイサービスへの送り出してなんてジタバタの毎日で、ようやく今になって老健へのショートステイが決まりそうです。

 

 お袋を1ヶ月、預かってもらう事の話を進める事にしました。移動までの1週間で、嫌がるお袋へ毎日毎日入所してもらうことを話して、下着に名前を書いて揃えて、衣服を何枚かまとめて、入所の際の段取りを打ち合わせして、主治医へ1ヶ月分の薬の処方を頼んで、自分の移動のための準備を初めてと、ジタバタがさらに加速です。

 

 そんな中、お袋は呑気に毎日テレビを見て、用意した食事やお菓子を食べて、デイサービスをいやだいやだと言いながら出掛けては帰ってきて、夜中の1時過ぎにベットに移動します。それを確認して、ようやく私は寝ます。(XX;)

 

 ほんとうにこれで良いのかなという不安が頭から離れない中、支度を進める毎日です。お袋の年齢は90歳、私一人で介護をするのも難しい中で、預けるのは致し方無いとは思いますが、なんとも変な罪悪感みたいなものが気持ちの中で、いいのか?と囁きます。

 

 うーーー(泣)、、、

 世間は、ウイズコロナとかで、経済を回しながら、コロナ対策も行うとのことですね。どこかのゼロコロナ対策とは違って、対応が、なかなかうまく行っていないように思います。

 

 もう11月に入ってしまいました。お袋を残して、神戸に仕事しに移動するのが、とても不安です。お袋は顔面の怪我が、なんとか落ち着いてきてはいます。押し車も使わずあるけるようにもなりました。でもそれでまた怪我をしないとも限りません。

 

 さんざん考えた挙げ句、兄弟とも話をして近くの精神病院にケアマネに頼まず、主治医の紹介状を持って、自分で申し込みに行きました。精神病院のケースワーカーさんも慎重です。対応できない場合のことを散々聞かされましたが、それでもお願いしたいと伝えました。

 

 ショートステイの預かりを断られて、介護のどこの施設も難しいからと、とにかく在宅介護を維持するしか無いと、ケアマネにはお願いしましたが、不安が拭いきれない中、精神病院に行くことにしたのですが、それを聞いたケアマネが、老健の施設に申し込みをすると言い出しました。

 

 今から申し込みをして、お試し宿泊をして、大丈夫ならショートステイをするというのですが、、、今更にして大丈夫なのかと不安は増すばかりです。よくよく調べてみると、老健は、お試しの必要がなく、入所者への面接と、これまでの経緯などで、入所を決めるとのことが解りました。

 ケアマネは、その事を知らなかったようなのです。この数年間、お袋を介護するのに診て貰ったケアマネなのですが、この数ヶ月の間に起こったことの根本は、このケアマネの知識や経験の無さが原因なのではないかと思えてきました。

 3ヶ月の間のコロナ感染対応への不備、ショートステイを拒否られ、11月の中旬の仕事のための移動まで、半月しか無い今、在宅介護をするしかない状態でも、何も対応を出来ていません。ケアマネって、その程度???介護のプロじゃないの???

 

 今まで散々我慢してきたのですが、少々キレてしまっている私です。ケアマネの会社の都合でしか動いてくれない感じが、だんだんと見えてきました。介護ってそれでいいのかなと思ってしまっています。

 

 とにかく、在宅介護を基本に、預かってくれるところを探して、どうしても無理ならば、在宅のまま仕事で神戸に行くしかないです。

 

 ぶつけようのない憤懣をどうしてくれよう!!!

 

 元気になったお袋は、食欲も増え、作った料理も弁当も食べてしまうようになりました。元気になりすぎて大丈夫なのか思ったのは、、間違いじゃなかった。

 

 26日朝、食事を作って部屋に行くと、入り口にある人形ガラスケースが、粉々に砕けていました。ではお袋はどこにと見回すと、トイレに入っていました。呼ぶと出て来たのですが、その顔をみて仰天。左目が腫れ上がって顔中血だらけでした。

 

 どうしたのかと聞いても覚えてない、ガラスケースを割ったことも覚えていません。急遽主治医の病院に連絡して、お袋を連れていき治療してもらいました。

 

 お袋に聞いても要領を得ません。隠しカメラを確認すると、25日夜9時すぎにトイレに行って戻ってきた際、左目を抑えていました。ということは、私が気がついた朝までの半日、誰にも知らせずに痛いのを我慢して過ごしていた事になります。

 コロナ感染から2ヶ月で、ようやく回復しても、近くにいて食事などを作って管理をしていても、このザマです。どうしようもないのでしょうか、、、。

 

 そんな中、年末に仕事で実家を離れる際に預かってもらう施設をケアマネを通して探していましたが、お試しで一晩お世話になったショートステイから長期の預かりは無理だと断られました。ではどこだったら預かってもらえるのか、悩んだ末に、地域包括センターへ相談しましたが、、、、

 

 ショートステイは、夜中に数十人の入居者を、数人のスタッフで預かるのですが、情緒不安定なお袋につきっきりになることができず、断られたようです。

 

 包括センターの人が言うには、1軒で断られるということは、どこも同じように難しいでしょうということでした。ということは、特養も含めて、お袋は預かってもらえないということでした。

 

 どこか預かってもらうとして、精神病院しかないということのようです。最近は1度入院治療になっても、落ち着くと退院できる人もいるとのことでした。もうどうしようもありません。精神病院に相談に行きます。

 

 そこまで思って行動しようとしている中でも、まだ迷う気持ちが収まりません。お袋が健康で落ち着いて暮らせる毎日を亡くなるまで過ごしてほしい事と矛盾していないか、、考え込んでしまっています、、、、、、、

 

 割り切れるわけもありませんよね、、、

 

 10月も後半になりました。お袋の体調はコロナ感染以前にも増して、元気になりました。喜ばしいこと、、なのでしょうか、、、(xx)。

 手押し車も使わずに部屋を移動し始めました。介護ヘルパーさん達への暴言も復活(xx)、とにかくも、このまま自宅介護は無理なのは変わりないようです。

 

 世間はコロナの対応が経済優先に変わってきました。加えてプッチン戦争のお陰で物価は上がり放題、日本の人たちは仕事しないと生きていけない状態です。私もその一人です。年末に向けて世間が動き始めています。私もそれに対応しないといけません。お袋の介護でテレワークをやっていられません!!テレワークでは出来ない作業をしに神戸に戻らなくてはいけません。

 でも、お袋を、、もう一人で実家にいさせる訳にもいきません。どこかに預けないといけません。(xx)

 

 いまだもって、外泊に嫌々モードのお袋を、どうやって外泊させることができるのでしょうか。もう精神病院への入院は、今のところ必要ないでしょうが、ショートステイへの1か月の滞在も含めて、検討しようという事になりました。

 

 家の壁が壊れて、大工が入るから家にいれないと言い訳して追いだして、お試しショートステイをしました。思った通りの嫌々モードをなんとか言いくるめて泊まることができましたが、夜に泣き出したり怒り出したり情緒不安定です。

 お袋が宿泊先で泣いてる??うー-----(xx;

 

 そんな中、東京にいる姉から連絡、あーしろこーしろと電話で言いたい放題。てめぇは口だけ出せばいいよな!!現実に動いてる私に四の五の言うな!!!!!と言いたい。(xx;)

 

 ショートステイから戻ってきてからの毎日、事あるごとに、一人で実家にいるのは危ない、心配なのだと、姉にも手伝わせて、お袋の脳に焼き付けようと必死です。苦笑

はてさて、、、

 

 

 お袋が感染して、早くも2ヶ月が過ぎようとしています。

 出来ることはなんでもしようと決めて、食事をしない事での流動食、隠しカメラでの動作監視、何か食べたいものは無いのか、何度もしつこく聞いては、少量を用意しての食事の用意、デイサービスなどのケアサービスを拒否しても、なんとか行かせるようにして、2ヶ月が過ぎました。

 本当に、徐々に徐々に回復の兆しが見えてきたのが、感染後50日あたりでした。食欲も出てきて、固形物を食べ始め、転げまくってた足腰もしっかりしてきて、同時にヘルパーへの荒い言動も復活(xx;)。

 ベットから出てきて、テレビを見るようになり、どうかすると自分でコンビニへ食事を買いに行こうとし始めました。扉やガラスの引き戸などに当たってはいるものの、怪我をするような事もなくなりました。

 幻聴、幻覚なども、体調によって、復活したりしなかったり、、。夜中1時頃、電気を消してトイレに行っては、戻ってきて電気を着けて椅子に座り、また電気を消してトイレに行っては戻ってくるのを何度も何度も繰り返します。4−5回繰り返して、ようやくベットのある部屋に移動する毎日の今です。

 

 ようやくコロナの後遺症から回復です。この2ヶ月、ほぼ1時間毎に監視カメラで部屋を確認、人物動作確認検知機能で知らせてくる度、異音がする度にカメラで確認しての今で、朝8時から、夜中2時位までの間、お袋が寝たのを確認して、自分が寝る毎日でした。

 

 もちろんその間、仕事の作業をしながらです。よく自分が倒れなかったものです。とにかくにも、精神病院への入院などの強制的な事はしなくて良くなったようですが、今後年末に向けて、仕事が忙しくなってくると、私自身が仕事で神戸に戻らなくてはいけません。その際、1ヶ月ほどは、ショートステイなどを利用することを、お袋に納得させないといけません。

 

 はたして、年末までに何があることやら、、、、

 

 

 

 お袋の様態は、とにかくも落ち着いてきてはいるようです。でも、トイレ以外はベットから離れようとしません。食事も固形物を、ほとんど食べない状態が続いています。

 主治医の提案で、流動食を使ってみることにしました。ただ買ってきたものを与えるのではなくて、それにフルーツの缶詰を混ぜてミキサーにかけて、トロトロにしたものを与えてみました。

 

 最初こそ、なかなか全部飲んでくれませんでしたが、コップ1杯を飲み干すようにさせました。すると「おいしい」と言ってくれました!!コロナ感染での味覚障害は無さそうです。残るは倦怠感、、、

 

 そんな中、何を思ったのか、突然ハイテンションになって動き回ったようで、様子を見に行くたびに転倒してしまっています。2日で6回ほどの転倒で、体中痣だらけです。そんな事もあって、またベットに逆戻りです。

 

 もう退院して、4週間目です。コロナ感染の後遺症の回復は、人にもよりますが半年ほど続くこともあるようです。はたして、、お袋は、ベットから起きてきてくれるのでしょうか。

 

 仕事は徐々に忙しくなってきていますが、コロナ感染で公演の延期があったり、なかなか定まらない作業が続いています。みんな仕事はしたいのでしょうが、、

 治療薬が充分に出回らない、抗原検査キットも無い、PCR検査の予約が出来ない、病院は入院できない等々、こんな状態でコロナを医療レベル2類から5類に対応を変える?

 コロナ感染の検査や治療などの費用が、有償になるとか、、普通の人の国民保険での3割負担で10万円近い費用を、どれだけの人が払えるのでしょうね。ワーキングプアとか言われてる今で、国民の2割程度の人しか払えないのではないでしょうか。

 酷い話です、、、コロナ感染で破綻してしまいそうです。冗談じゃありません。

 まだまだコロナ感染は収まりそうにない中で、どんな風に変わっていくのでしょうね。