祈年祭とは、「としごいのまつり」とも読み、毎年2月に行われる一年の五穀豊穣などを祈る神道の祭祀で、11月の新嘗祭と対を成す祭祀である。

神職である私も、本日は祈年祭を謹んでご奉仕させて頂く。

『古語拾遣』で祈年祭の起源について、大地主神が御歳神の祟りを恐れて、穀物の豊饒を祈った話を伝えており、古来より稲作を中心とした農耕生活を基盤としていた日本民族ならではの非常に古い信仰の現れといえる。

五穀の豊かな実りを神に願う神事は、律令国家の確立とともに儀礼として制度化し、重んじられ、天皇の祭祀として厳修された。

しかし、室町時代の戦乱期には、他の祭祀と同様に宮中での祈年祭も廃絶してしまう。
どれ程、足利政権が、国家国民を祈る祭祀を軽んじてきたのかが、この経緯からも伺われる。
この傾向を察して、国家国民を守る為にと、自ら立ち上がったのが後醍醐天皇である。
足利政権によって途絶した祈年祭は、明治の王政復古による神祗官復興に至って復活した。
ここに、建武中興の理念が結実したのである。

旧制に倣って2月4日に班幣式、同17日に宮中三殿にて天皇の御親拝のある祭典を行うとともに、神宮に勅使を遣わして大祭による祭典を執行、官国幣社以下全国の神社においても、幣帛供進使が参向して大祭による祭典が行われた。

大東亜戦争終戦後、GHQの占領支配により、日本の国家神道が解体されたのに伴い、祈年祭も他の新嘗祭同様、国家的祭祀としての性格が封じられた。
しかし、現在も尚、宮中では天皇家の私的な祭祀として、全国神社では大祭の一つとして斎行している。

我々神職が奏上する祈年祭の祝詞の大意は以下のようになる。

【祈年祭 現代語訳】
言葉に出して申し上げることも恐れ多い神々の前に恐れ多いですが申し上げます。
今年の祈年祭におかれまして大神様の高くて尊いお恵みをお願いし、お讃えしようと、神様のお膳に新鮮なお米やお酒を始めとして山の幸や甘い野菜、辛い野菜、 海川の大小の魚達、沖で採れる海草、岸辺で採れる海草類など様々な食べ物を横山の様に高くお供えし、 その他色々なお供え物を奉り、拝礼する事を心穏やかにお受けいただき、農業に従事する者が手を肘まで田んぼの水の中に入れ、水泡が泡立つ程、 足を股まで水の中に浸して、泥を掻き寄せるようにしながら植えたお米を始めとして、 草の片葉にいたるまで全ての農作物に、悪い風や荒い水の害に遭う事無く、繁り栄え、成長させてくださいますようお願いを申し上げます。
また、工業、商業を始めとした色々な産業も繁栄するよう合わせてお願いを申し上げます。
天皇陛下の治められます世が、固い岩盤の様に、いつまでも変わらず、永久不変に、神々の御前にお仕えさせていただきます事を、お願い致します。
天の下で、共に暮らす国民、世界の全ての人々が、大神様の広く厚い恵みを、永遠にお与えくださいますようお願い申し上げます。
各自が使命として担う職業に専念して努力する姿を慈しんで喜んでいただけますように、また、やがて訪れる収穫の秋に、多くの収穫物がお供えできるような、立派で麗しいお祭りをお仕えできるよう、恐縮しつつ、謹んでお願いを申し上げます。

【祈年祭祝詞 書き下し文】
掛けまくも畏(かしこ)き某神社の大前に
(宮司氏名)恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まを)さく

今年の祈年(としごひ)の御祭に
大神の高き尊き御恵を
仰奉(あおぎまつ)り
称奉(たたへまつ)ると
斎(ゆ)まはり清(きよ)まはりて
大前に御食御酒(みけみき)を始めて
山野(やまぬ)の物は
甘菜辛菜海川(あまなからなうみかは)の物は
はたの広物(ひろもの)はたの狭物(さもの)
奥(おき)つ藻菜(もは)
辺(へ)つ藻菜(もは)に至るまでに
横山の如く置足(おきた)らはし
種種(くさぐさ)の物をも合せ
献奉(たてまて)りて
拝奉(をろがみまつ)る状(さま)を
平らけく安らけく聞食(きこしめ)し
[又奏で奉る歌舞(うたまひ)の技をも
米具(めぐ)し宇牟加(うむか)しと
見曽奈波(みそなは)し坐(ま)し]て
農業(たつくりのわざ)に労(いたづ)き
励む諸人等(もろびとら)が
手肱(たなひぢ)に
水泡掻垂(みなわかきた)り
向股(むかもも)に泥掻寄(ひぢかきよ)せて
取作らむ奥(おき)つ御年(みとし)を始めて
草の片葉(かきは)に至るまで
作りと作る物等(ものども)を
悪(あ)しき風荒き水に遭わせ給(たま)はず
豊かに牟久左加(むくさか)に
成幸(なしさきは)へ給ひ
工業(たくみのわざ)
商業(あきなひのわざ)を始めて
萬の産業(なりはひ)を
彌進(いやすす)めに進め
彌栄(いやさか)えに栄えしめ給ひ
天皇(すめらみこと)の大御代(おほみよ)を
手長(たなが)の御代の
厳御代(いかしみよ)と
堅磐(かきは)に常磐(ときは)に
斎(いは)ひ奉り幸(さきは)へ奉り給ひ
御氏子崇敬者を始めて
天下四方(あめのしたよも)の
國民(くにたみ)に至るまでに
大神の広き厚き恩頼(みたまのふゆ)を
彌遠永(いやとほなが)に
蒙(かがふ)らしめ給ひ
各(おの)も各も
負持(おひも)つ職業(わざ)に
勤み励む状を愛(め)で給ひ
嘉(よみ)し給ひて
豊けき秋の御祭厳(みまつりいか)しく
美(うる)はしく
仕奉(つかへまつ)らしめ給へと
恐(かしこ)み恐みも白(まを)す