県知事選から一夜明けた今朝、こともあろうに玉城デニー氏は県庁に登庁せず、毎週月曜の幹部会議も欠席したという。
「落選のショックで」との報道もあるが、まだ任期中の知事だ。
県民の暮らしも、基地も、災害も、すべてがなお職務のうちであるのに、公務を早々に放り出した。
この無責任は、昨日今日に始まったものではない。
令和六年、辺野古の土砂搬入現場では、抗議を制止しようとした警備員がダンプに巻き込まれて命を落とした。
映像から目をそらし、道路管理者としての安全対策を怠り、運動側に忖度した県政は、現場を無法地帯のまま放置した。
その空気の先に起きたのが、令和8年3月の辺野古沖転覆事故である。
波浪注意報の海へ、登録なき抗議船に高校生を乗せ「平和学習」の名で出航させた結果、17歳の少女と船長が命を失った。
献花は遅れ、遺族の問いは後回し。
安全よりイデオロギーを優先した姿勢が、そのまま露呈した。

ひめゆりの塔に眠るのは、左翼が捏造した「軍に捨てられた可哀想な犠牲者」ではない。

沖縄戦の最前線で、負傷兵を看護し、祖国を守るために散華した女子学徒である。
十代の身で壕に入り、砲火の中で務めを果たした彼女たちもまた英霊である。
戦後の「平和教育」がその誇りを奪い、日本軍悪玉史観へすり替えてきた。
塔の前で語るべきは反日の物語ではなく、祖国のために命を捧げた事実である。
沖縄に鎮まる尊い御霊に玉城知事は自身の今回の顛末について報告できることがあるのか。
「まだ知事であるのに、自分のことで公務を放り出しました」とでも言うのだろうか。
辺野古で失われた尊い命に十分に向き合わず、基地問題を政治対立に終始させてきた県政の果てが、この無責任である。
こんな者に県政を長年預けてきたことが如何に恐ろしいものであったか。
日本を守るために散華された英霊の御霊に、改めて心から祈りを捧げる思いだ。
捏造された物語ではなく、真実をもって悼む。
二度と祖国を貶めぬために。
そして、今を生きるわれわれが、責任から逃げぬ日本人であるために。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​