楠公研究会 山下弘枝公式ブログ
一般社団法人楠公研究会役員が運営する、山下弘枝会長の公式ブログ。研究会活動はもとより、山下会長のプライベートも綴っています。多数のフォロー、アメンバー申請をお待ちしています。
  • 16May
    • サックス奏者・みね栄二郎先生からレッスン頂きました ~新プロジェクト本格始動!~の画像

      サックス奏者・みね栄二郎先生からレッスン頂きました ~新プロジェクト本格始動!~

      新プロジェクト、本格始動。みね栄二郎先生から御指導頂きつつ、今後も引き続き、頑張ります。サックス奏者でいらっしゃるみね先生は、なんと、歌手・前川清さんのバックバンドのサックス担当でいらっしゃった凄い先生。こんな凄い先生のレッスンを受けさせて頂ける事、感謝に絶えません。また、みね先生と奥様の岩崎恵子さんの手掛けられたアルバム『CALIFORNIA DREAM』を拝受させて頂きました。とても洗練されたお洒落なナンバーばかりでウットリします。みね先生に感謝です。※写真の時以外はマスク着用しております

  • 15May
  • 14May
    • ブルーリボンバッチと北朝鮮人権法と法廷警察権 ~問題の論点の趣旨を見極める真贋を~の画像

      ブルーリボンバッチと北朝鮮人権法と法廷警察権 ~問題の論点の趣旨を見極める真贋を~

      『拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律』とは、北朝鮮当局による拉致を始めとする人権侵害問題の解決について政府及び地方公共団体の責務を明記した、平成18年成立した日本の法律である。その法律によって、初期の拉致被害報告から実に苦節30数年もの歳月を経て、ようやく国家国民を挙げての拉致被害者奪還の取り組みをするべきである、と公明正大に認められたはずである。しかし、かような法律が成立した事すらご存知ない無関心層は意外と多い。此くなる現状にあり、国家や地政が、この問題の解決に向けての積極的努力の遂行が法律で義務付けられている事を念頭に置いた上で、今般のブルーリボンバッチの一件を考えねばならぬ。ブルーリボンバッチは、民間の任意団体『救う会』活動へ一定の支援金を納めた人に送られるバッチであり、このバッチを身に付けていれば、その人が、拉致問題の支援者だ、という証明となる。しかし、中には、「自分は保守だ!」という証しや保守ブランド的な感覚として身に付けたり、バッチを求めたりする人がいるのも事実である。しかし、当然ながら、バッチを着ける事自体が保守のステイタスを上げる、という事では決して無い。最も大切なのは、真に拉致被害者を奪還する事に心血を注いでいるか、又は、その為の活動や支援をしているか、という事であり、このバッチを身に付けるという事自体ではない。であるから、本来は、国家が主導して、拉致問題に関するバッチや徽章等を発行し、日本国民に敷衍すべきであると考える。日本人同胞が北朝鮮の工作員によって非道にも拉致され、帰還できずその生死の行方も分からず、肉親や親族、友人らと今生の別れという、言い表しようの無い親子の分断という悲劇が、同じく同胞であるべき日本人らが無関心であり、目を背け、無かった事にしてきたという事は、同じ同胞に対してこれ程までに残酷なものは無く、その点については我々日本人が深く反省をせねばならぬ過去である。ところで法廷警察権とは、裁判を円滑に進める為に裁判官が行使できる権限の事であるが、個人的なバッチの着用の可否の強制は、確かに法廷警察権濫用行為に抵触する可能性も一部にはあるとも言える。しかし、そもそも国家が何らかのお墨付きとなるものを全日本国民に携帯の義務を持たせれば、この問題は解決する訳であり、文句を言われる筋合いは無い。ましてや、傍聴席が、左右の相反するバッチを着けた人々で埋め尽くされれば、場が騒然となる事もあるのかもしれぬので、傍聴する方々にも静粛な態度を留意し自重する事が必要である。かくして、ブルーリボンバッチ着用の有無よりもまず、前提として、拉致問題と拉致被害者への支援、関心、責任の遂行等を、国家主導で国民に対してしかと敷衍、認識の定着をさせる事が、根本的大きな課題である。問題の根源を見失ってしまっては、船頭多くて船が山に登る事も多々あるので、留意して、問題の本質を見極めねばならない。ちなみに、私の父は、未だ拉致問題をマスメディアが封殺し、日本人達が目を逸らし続けている時代、長く、拉致被害者奪還の活動に努めていた。その為に、私も幼い頃から、拉致被害者の存在について教えられ、また、父の活動の大変さを身近に見て育ってきた。大学生の頃、その事実をとある知人に話した所『未だにそんなおとぎ話を信じてるバカがいるのか』と嘲笑され一蹴された事は、未だ忘れられぬ衝撃的な言葉である。大きな圧力にもめげず、父祖達が苦心惨憺してこの問題を法制化するまでに持ち込むのは、並大抵の苦労では無かった事は、私もこの目で目前で見て来た。ブルーリボンバッチを着けるとか着けないとかが問題の主題では無く、父祖らのその努力に報い、拉致問題よ真実を次世代に語り継ぐ事が我々の責務である。ちなみに、私はブルーリボンバッチは身に付けていないが、拉致問題への尽力は父から私に託された使命であるので、微力ながら拉致問題の解決の為の言論活動も行っている。ブルーリボンバッチを身に付けておらずとも、憂国の志士は大勢おられる事も思いを致しておかねばならない。何事も、物事や事象の真髄を見通す心眼を持たねばならないし、その為には胆識を養う修行も必要である。信念とは、自身の内に持つものであり、信念を実現する為の努力実践を行い、その節を貫く事であるのであって、外側の金メッキの如き装飾であっはならない。まこと日本人であるならば、ブルーリボンバッチの有無は関係無く、須く、拉致被害者帰還に向けての努力を怠ってはならない。これは日本国民の義務であり責務である。ちなみに、私は、湊川神社内の楠木末裔の『楠木同族会』に所属する証として、湊川神社から拝受した同族会専用の菊水バッジと、一般社団法人楠公研究会の徽章とを身に付けており、これは私の出自と共に、主宰する法人徽章であるので、絶えず身に付けるのは至極当然なのである。

  • 13May
    • パイナップル台中問題と英空母始めとする日欧米連合演習による中国への牽制が見事!の画像

      パイナップル台中問題と英空母始めとする日欧米連合演習による中国への牽制が見事!

      中国は今年3月から、「害虫」云々の言いがりを付け、台湾からの台湾産パイナップルの輸入を禁止し、台湾に対する事実上の政治圧力を仕掛けていっている。中国の自論では台湾をして自身の領土と主張しているが、正確に言えば、中国政府であった国民党が共産党に押され、拠点を台湾へ遷したという意味では、台湾が法統に基づいた「正統な国家」だと主張し、蒋介石の台湾入り以降、長らく中共との緊張は続いている。まるで、日本の南北朝のような様相であり、それに準えれば、国家の正統の基準をしかと定義するまではこの決着は難しいだろう。とはいえ、大東亜戦争以前から台湾に居住されていた人々にとっては、列記とした一国であるし、ましてや、大東亜戦争の日本敗戦を受けて中華民国が接収するまでは、日本国の一員であった事を誇りに思われ、親日の方がとても多くおられる。であるから、台湾の地元の人々の心情としては、中国国民党と中国共産党の政権闘争に巻き込まれたような状況のままにあり、現在に至っている。そんな中、中国が、新型ウイルスばら撒きと並行して遂行しているのが日本領土たる尖閣の奪取であるが、尖閣が墜ちれば、そこを足掛かりとして、次は台湾の領土・プラタス諸島への軍事侵攻と進む目論見は判然としている。そして今般、英最新鋭空母「クイーン・エリザベス」がインド太平洋に派遣、日本にも寄港し、日本との軍事演習も組まれる事となっているが、更には、この空母クイーンエリザベスを中心とする空母打撃群に、米海軍のミサイル駆逐艦「ザ・サリバンズ」と海兵隊のステルス戦闘機F35B(短距離離陸・垂直着陸型)が参加することが、米国防総省と英海軍によって発表された。また、軍事専門家の見立てでは、独フリーゲート艦も参加する目算も高まっているようだ。これが実現すれば、日本近海にヨーロッパ連合艦隊がやって来るのは、日露戦争時のバルチック艦隊襲来、大東亜戦争時のイギリス東洋艦隊襲来以来の出来事となり、中国への圧力としての意義が非常に大きい。嘗て日本に対して為された「ABCD包囲網」ではなく、今後は、中国に対する「ABGJ包囲網」といった処か。新型コロナウィルスに始まり、チベット・ウイグルへの人権弾圧、香港の一国二制度等等、世界のほぼ全てを完全に怒らせた中共の行く末は、もはや後先長くない様相を呈しており、当然の結末と言えよう。とゆう訳で、中共から不当な圧力をかけられている台湾の皆さんを救うべく、台湾パイナップルを買って食べよう!お値段はスーパーで400円から売られており、さほど高価という訳でもない。以下、噂通り芯まで柔らかく甘くてとても美味でビックリ。

  • 12May
    • とても珍しいという御所芋の磯辺揚げを作ってみたの画像

      とても珍しいという御所芋の磯辺揚げを作ってみた

      とても希少で珍しいとゆう「御所芋」を有難く拝領。ヤマノイモ科のヤマノイモには、自然薯・大薯(だいしょ)・薯蕷(じょよ)の3種があり、さらに薯預は、長芋・いちょう芋・つくね芋の三つの品種に分かれているが、中でも黒皮系つくね芋の種別に当たる御所芋は御所市を中心として栽培されている。花崗岩を含む砂地が多い御所市周辺の土壌は、湿気を嫌う御所芋の栽培に適しており、古代の御所の山に自生していたものの、近代化等の自然環境の変化により現在では栽培が困難で希少となった。別名「大和芋」とも呼ばれ、江戸時代以前から御所市で栽培されてきた御所芋は、奈良県が認定する「大和の伝統野菜」の1つとされている。その歴史は非常に古く、『日本書紀』巻第十六「武烈天皇」には「暑預(うも)を掘らしむ」、『正倉院文書』には「漿料、栗子、薯預、梨子、郁子、蓮根、干柿、」(760年天平宝字4年)他、『東大寺文書』四ノ五十二には「白米六斗進上茗荷一蕗青菜苣大笋少少小笋暑預二柄山老五升小豆四升白豆五合串柿九串」(1176年安元2年)とあり、奈良時代には既に朝廷への献上品であった事が記録されている。古くより、御所芋の多繊維質の特性を活かし整腸薬としても使われた為、「山薬」とも称され、明治時代には御所市・櫛羅なる地にて、御所市の伝統的な整腸薬としての栽培が為され現在に至る。御所芋の特徴は、形状がゲンコツ型の球型をした「ツクネ薯郡」と称される種類で、表皮が黒皮、形は整って凹凸が少なく、肉質が緻密で非常に粘度が高い。長芋と同じく「やまのいも」の一種であり、長芋のようにすりおろして食べることが一般的とされるが、すりおろしたとろろはコシと粘り気が格段に強いものの、クセがなく非常に食べやすい。親芋の下に子芋ができる姿から、円満な家庭と重ねて「めでたいいも」「孝行いも」とも称され珍重された。現地の御所市では、皮をむいてすりおろし、卵と白味噌汁を加えてさらにすり混ぜた「とろろ汁」や、「とろろ飯」、すりおろして団子状にまとめて煮込んだものが郷土料理として受け継がれている他、和菓子や加工食品の原料としても重宝されている。擦りおろしてから放置しても変色しないのもまた御所芋の特徴の一つであるので、下ごしらえもしやすい。今回、私は御所芋をすりおろし、それを団子状にして海苔巻にし油で揚げた「御所芋の磯辺揚げ」を作ってみた。非常に粘度が高いので、すりおろすのは相当に力がいるのに加え難易度が高い。苦労して調理した甲斐があり、出来上がった御所芋の磯辺揚げは、まるでお餅のような食感であり、そのくせ、とても軽い食感で、かなりのレア感ある一品。お酒を嗜まれる方には、大和芋を使用した「御所芋焼酎」も人気で、大和芋の風味を活かしたスッキリとしたキレのある味わいが定評を得ているとの事でこちらもオススメ。御所芋磯辺揚げを肴に御所芋焼酎を呑むのも乙かも。さて、御所芋を生んだ地・御所は、「神話の故郷」とも呼ばれる歴史的に非常に古い地域だ。霊山たる金剛山・葛城山二山の山麓に位置した事から、古くより「高天原」と呼ばれた。高天原と高天彦神社 ~奈良県御所市~『天孫降臨の聖蹟「高天彦神社」 と葛城氏 ~もう一つの高天原・奈良県御所市~』春季皇霊祭の佳き日にあたり、我が國體の初発に因み、天地初めて發けし時、天地開闢の神々が降臨したと伝わる御所市・高天原について書かせていただく。「神話の故郷」と…ameblo.jp古い神社も多く鎮座しているが、御所市の柏原は、神武天皇御即位の聖蹟の一つとしても数えられ、御所市の神聖な特異性は明らかである。瓊瓊杵尊の「天壌無窮の御神勅」さながらに、かくして金剛・葛城山麓に、滋養深き御所芋が自生していたというのは、これもまた神々の御神勅であるのかもしれぬ。

  • 11May
    • まさかの名古屋の広島風お好み焼き! ~くく丸~の画像

      まさかの名古屋の広島風お好み焼き! ~くく丸~

      まさか名古屋で、広島風お好み焼きを頂けるとは!という感動。お好み焼きは広島風と大阪風がありますが、私はどちらの血も受け継いでいるので、いずれも大好きです。それにしても、くく丸のお好み焼きは本場広島のお好み焼きと変わらぬお味でした。お連れくださった日本舞踊西川流師範・西川先生に感謝です。ちなみに、広島へ来広された方をご案内する際は「みっちゃん総本店」をご紹介する事にしております。

  • 10May
    • 奈良吉野から遠く離れた高千穂もまた南朝方であった 【楠公研究会九州支部長からの御報告】の画像

      奈良吉野から遠く離れた高千穂もまた南朝方であった 【楠公研究会九州支部長からの御報告】

      楠公研究会九州支部長の小林様から、高千穂と南朝との関わりについて、小林様が4月某日にご訪問された高千穂町歴史民族資料館からの貴重な御報告を頂きましたので、ご紹介させて頂きます。高千穂とは、ご存知の通り、天孫降臨の地。大和の神武東征御聖蹟の地と同じく、『古事記』『日本書紀』の舞台地であるという地の利によって、在地の豪族達は、皆、國體の本義を重々理解できており、だからこそ、國體に適った南朝へ組したものと思われます。同町内に鎮座する高千穂神社の社伝によれば、現地の南朝方勢力・阿蘇氏が擁立した征西将軍にして後醍醐天皇の皇子のお一人である懐良親王が祈願に訪れ御神宝を奉納されたとされ、以後、阿蘇氏の到着の下、高千穂神社は「高千穂郷総鎮守」として崇められました。高千穂から吉野はまさに、神武天皇の東遷のルートでもあり、今も尚、根底にある目には見えぬ大きな流れによって脈々と繋がれている大いなる力が働いている事を感じずにはいられません。

  • 09May
    • 【告知】長唄楠公公演の会場は平城宮跡から京都市の護王神社へ変更となりますの画像

      【告知】長唄楠公公演の会場は平城宮跡から京都市の護王神社へ変更となります

      5月28日の平城宮跡での『長唄楠公』は中止となりました事を受けて、次回の楠公研究会は6月28日(月)に京都御所蛤御門前の護王神社にて開催致します。また、護王神社の公演では、本郷宮司様からの直々のご講話も頂ける貴重な場となります。但し、コロナ禍の中、40名が上限となりますので、ご了承頂きまして、ご参加希望の方はお早めに楠公研究会事務局(📞090-3723-4251)へお申し込みください。※当日はマスクを必ずご着用ください。また、当日検温を行いまして、37.5度の発熱のある方は入場をお控え頂く事になります事も併せてご承知おきください。第31回楠公研究会『長唄楠公舞踊奉納と皇統を守った和気清麻呂公の事蹟』第31回楠公研究会『和気清麻呂公の國體護持の事蹟と護王神社』fb.me

  • 08May
    • 国民投票法改正案、可決!真の日本独立という悲願に向けて大きく前進!の画像

      国民投票法改正案、可決!真の日本独立という悲願に向けて大きく前進!

      衆議院の憲法審査会に於いて、憲法改正の前段となる「国民投票法改正案」が可決された。昭和27年のサンフランシスコ平和条約発令から実に69年を経て、ようやく「真の日本独立」という悲願に向けての大きな一歩を踏み出したのだ。未だ前途は多難とは雖も、連日に及ぶ世論のコロナ大騒動の中にあり、着々と行政を執り行っている現政府をとても心強く思う。戦後のノンポリ層は未だ知らされずにいるようだが、敗戦直後にアメリカから無理矢理押し着せられた「占領憲法」、即ち、現日本国憲法の成立過程とは、子供もビックリなハチャメチャさ具合である。大東亜戦争敗戦後、GHQ内部に於いて、法律専門家が皆無の中、弱冠22歳のベアテ・シロタ・ゴードンに、日本国憲法第24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)の草案を僅か1週間で執筆させたのだ。つまり、残念ながら、現行の憲法は、占領憲法としてアメリカから無理矢理押し着せられたとんでもなくいい加減な「アメリカ製の憲法」である。尚一歩踏み込んで言及するならば、この占領憲法を日本に押し付けたアメリカの真意とは、彼らが何よりも恐れた日本を、2度と戦えぬ丸腰国家にせしむる事、そして、日本人を日本人ではなくさせるという処にある。更には、数々のプレスコードを布き、日本民族の歴史を分断し自虐史観を浸透させる事に易々と成功させたのだ。国家の定義とは、領土・国民・主権である。そして、世界で、自守自衛の為の軍すら有していないのは日本のみだ。竹島が韓国に略取され、中共の触手が、台湾、そして尖閣へと着実に延び、領土と国民が危機に晒されようとしている今、早急に9条を改正し、せめて、自守自衛を可能とする自主憲法とせねばならない。世界で、自守自衛の為の軍すら有していないのは日本のみだ。竹島が韓国に略取され、中共の触手が、台湾、そして尖閣へと着実に延び、国家領土の危機にある今、早急に9条を改正し、せめて、自守自衛を可能とする自主憲法とせねばならない。日本に自主権の無かったアメリカの統治下で造られた憲法は、占領憲法に他ならず、日本は既に主権を回復して久しいにも関わらず未だにこの不具の憲法を後生大事に保持している現在の日本人は、未だアメリカの隷属下に置かれ続ける『占領の民』である事を意味する。今般の改正案通過を機とし、一気呵成に、独立国家・日本の形を整えるべく猛進すべし!

  • 07May
    • 私にとって國體護持、楠公顕彰は「生きる」という事の画像

      私にとって國體護持、楠公顕彰は「生きる」という事

      日々の活動で最も重んじている言葉は「大義」。「大義」とは、私心無く、公の為に誠を尽くし、自らの節に殉じる事と考えます。昨今を見渡すに、余りにも私心にまみれた人々を多く見かけるにつけ、こんな事ではならない、と尚一層に信念を強くするこの頃です。楠木正成が大楠公、その息子の楠木正行が小楠公と呼ばれますが、私は大楠公三男・正儀からの血脈で正成から数えて第25代目の末裔に当たり、幼い頃から父に連れられ、湊川神社の神事にも参列したりしておりました。父は海軍軍人で、年の離れた、大正生まれの父でした。私は、大東亜戦争の頃の日本について、教育勅語についてなど、父から沢山の実体験を聴いて育ってきました。ところが、中学生のときに学校で受けた歴史の授業は、父から聞いていたものと全然違う内容でした。「父からウソを教えられていたの?」と、思いました。例えば、従軍慰安婦の授業が、印象に残っています。社会の先生が、韓国人の方でした。その先生が授業の都度作って配布されるレジュメ資料には、従軍慰安婦の証言や写真が載っていました。日本兵が従軍慰安婦の首を鍋で煮て食べたとか、お花を摘んでいる女児を日本兵が連れ去ったとか・・・。そのような授業が何回もあり、中学生だった私は、衝撃を受けました。授業を受けていて気持ち悪くなりました。「日本人であることが恥ずかしくなった」と言い出す同級生もいました。従軍慰安婦問題については、捏造であったことが、今では明らかとなっていますが、当時、まだ中学生だった私は、先生の言っていることを信じてしまいました。特に、学校の教科書の文字や写真などといった活字には信じさせる大きな魔力を有しているものです。私は、父に問いただしました。「日本兵は、韓国人に、従軍慰安婦に、こんな酷いことをしてきたのですか?」と。父は、激怒して、その時ばかりは初めて殴られた記憶があります。「そんな歴史はウソだ」「命をかけて家族を守るという想いで戦争をしていた」「亡くなった戦友たちも同じ想いだった」「そんな授業を信じるなんて、私の娘として許せない」非常に怒られたのを今でもつい昨日のように覚えています。その頃から、父と戦争の話をする事が家庭内でのタブーとなっていきました。後にネット等の普及によって歪曲された歴史からの呪縛が解け、父から海軍時代の経験談を聴きたいと思うようになりましたが、父は老齢の為に病気になり、当時の真実の声を身内に伝える事なく、2年前に亡くなりました。父から戦争についての実体験にもとづいた真実をきちんと聴くことができなかったことは、今でも後悔しています。以上が私の原点です。5年前、正しい日本の歴史を知り、後世に正しく伝えていくべく「一般社団法人 楠公研究会」を立ち上げて以来、先祖楠公の事蹟顕彰のみならず、日本の正しい歴史を、真実の声を聴き伝えるための活動を行っています。戦争を知る人が減り、嘗ての戦争が忘れ去られようとしています。例えば、各地の護国神社の遺族会を継承する人が減っています。戦没者の子孫は、子であれ・孫であれ・曽孫であれ、皆、遺族です。遺族はおられるのに、護国神社を継承する人が減っている一因として、大東亜戦争のすべては日本が悪である、という間違った歴史認識、即ち、自虐史観があるのでしょう。こんな日本でいいのだろうかと思います。首相が、公的に靖国神社を参拝できず、外国の目を気にしていることにも言えることです。〝やすくに〟という言葉は、古代から日本人が詠み続けてきた「大祓祝詞」に登場する言葉で、「平和な国」を意味します。靖国神社は戦争を賛美している、と誤解している日本人がいるのです。靖国神社は、かの自存自衛の戦争で国家国民を守るために命を捧げられた方々へ、感謝を捧げ、その遺徳を偲び、慰霊の祈りを捧げる神社です。戦争を勧めている神社では決してあり得ないのです。こう説明すると、左の方からは「右翼」だと言われます。「右翼」とは一般的に、街宣車を大音量で乗り回しなどしている一部の人たちを指す用語ですので、私は当然「右翼」ではありません。左の方から見れば、中央は、右に見えてしまいます。私は、古代からずっと変わらず継承されてきた日本のあり方に重点をおいて、歴史を見るようにしています。私は、ど中心・ど真ん中。私は、どっちにもぶれないという強い信念を持ち活動をしています。イタリアンレストランでイタリア国旗、フレンチレストランでフランス国旗、アメリカンなカフェでアメリカ国旗が掲げられていても、日本人は何らの違和感も感じず、それどころか、オシャレにすら感じるのではないでしょうか。一方、万一、日本料理店で日本国旗が掲げられていればどうでしょうか。この問いかけに対して、多くの人々が「違和感を感じる」と答えます。自国の国旗に対するこの独特の自虐的感覚は、世界広しと雖も、日本人だけだと思います。日の丸に対する日本人のこの感覚だけを見ても、日本人が戦後GHQによる占領政策によって洗脳されてきたことがわかるのです。敗戦後のGHQの占領政策「WGIP(ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム)」によって、日本の歴史は意図的に捻じ曲げられましま。戦後76年も経過すれば、2代の世代交代が起きています。敗戦に伴う占領支配を境に、世代間の歴史継承が分断され、間違った歴史が真実とされてしまいました。歴史は、過去の真実です。そして、真実は、一つしかありません。歴史は繰り返します。歴史学の本義とは、正しく歴史を知り、正しく後世に伝えることにより同じ過ちを繰り返さぬよう、未来に生かすことにあると認識しています。しかし、間違った歴史認識の保持は、未来において、過去と同じ過ちを繰り返すという危険性をはらんでいます。だからこそ、私は、真実を突きつめていきたいと思っているのです。失うことは簡単であり、そして、一瞬で失われます。しかし、失ったものを取り戻し復活させることは非常な困難をともない、多大な労力と膨大な年数を要します。国家と民族にとって、決して途絶えさせてはいけない「哲理」があるのです。日本は天皇を中心として営まれる国家です。それは武家政権によって幕府が布かれた時代でも同様です。「国體」という言葉を、左の人は嫌います。一方で、右の人の中には、安易に特攻精神に直結させたりなど、国體の本義を十分に理解できていない人もおられます。そもそも国體とは、初代・神武天皇から連綿と続いてきた一定の決められた、永遠の法則的哲理を指します。この法則的哲理を後世に繋げていくことが、我々の先人に対する報恩であり、子孫に対する責務と考えます。日本は、和の国であり、倭の国ではありません。先人たちは、和を保つことに尽力され、その努力によって日本の国體が確立しました。最近、男系天皇・女系天皇といった皇位継承問題が取り沙汰されていますが、一度よく考えていただきたい。日本人の多くは、その血脈を遡れば皇室に辿り着きます。もし、男系継承の法則を崩してしまえば、天皇に就こうとする争いを誘発する恐れもあります。男系天皇はずっと守られてきたひとつの法則です。そして、この法則こそが、争いのない平和を重んじた国家哲理、すなわち「国體」なのです。戦後に、家父長制度が廃止されましたが、その結果、今では遺産相続や、親の介護の問題が頻発、混乱しています。日本の国體の理念は、恒久平和のために必要不可欠のものと考えます。楠公研究会に入会される方は、どちらかと言えば右の方が多いです。そして、会で国體について勉強されていくにつれて、うわべだけの右のメッキではなく、さらにその最奥にある、日本人として在るべき哲理の真髄を追求することに向かわれていきます。國體に於ける男女の在り方についてもよく訊ねられます。それに対して、いつも私は以下のように解答させて頂いています。元来、男として生まれたからには、男しかできない本懐があるはずです。本懐が無くして、男としての誇りを保てますか。男性には男性としての誇りを持たせて差し上げるべきです。当然ながら、男性は子どもを産めません。一方で、女性は、生まれながらにして女性だけに与えられた出産という本懐があります。では、男の本懐とは何なのか。それは、「命を懸けて女性・家族・大事な人を守ること」です。男性の本懐たるこの部分に、女性が侵食することほど、男性に対してむごい仕打ちは無いと考えます。戦争末期の特攻隊について、よく「天皇陛下万歳と言って飛び立った」と言われることもあります。私は、子どもの時に、父から実体験として、「大東亜戦争末期、アメリカが日本本土に上陸すれば、家族が虐殺される。特攻で出撃した戦友は皆、家族や大切な人々を守るために飛んで行った」「命を懸けて家族を守り大事な人を守るということは、ひいては国家を守るということ、それこそが男として生まれ男として死ぬ、〝男子の本懐〟であり、男としてこれほど誇れることはない」と、度々聴かされました。現代の行き過ぎた、歪な男女平等観念の中で、男にしかできない事とは何かあるのか、と思い悩む男性は多いと思います。男性には誇りを、女性にはわきまえを、と声を大にして申し上げたいです。歪な男女平等観念をこのまま突きつめていけば、映画『タイタニック』で男性が女性のために死んだのは男女不平等な映画として見られるべきですし、例えば、家に強盗が入ってきた時に、真っ先に父親が逃げたとして、その行いは男女平等として恥じる事ではない、となります。オリンピックでも、男女を分けているのは男女不平等になってしまいます。正しい男女の観念とは、男女の性差を重んじた上での、人格上での平等であるべきで、性差を無視した男女平等の断行は、社会に無理を生じさせます。女性にとって、出産は、約10ヶ月もの間、また、出産してからも育児で、男性には到底理解できない大変な苦しさがあります。妊娠や出産をしてから、「妻がかまってくれない」と言う男性を時に見聞きしますが、そのような男性には、不平・不満を言われるヒマがあるならば、女性が安心して子育てできる環境づくりに努めてと言って差し上げたいです。妻が妊娠中に働き、それを男性が「当然だ」と思っているのも良くないと感じます。戦後の日本企業の在り方にも問題を感じています。従来の日本の企業は、社員だけなくその家族も面倒を見るというものでしたが、企業理念の多くが欧米化されてからは、企業は働く個人と契約しているのであり家族と契約していない、という考えが常態化しました。結果として、扶養者控除・年功序列・終身雇用といった日本的企業のあり方が無くなりつつありますが、このままでは社員の愛社精神も薄くなるし、少子化にもさらに拍車がかかります。戦後、欧米に憧れ妄追してきた成れの果てが現代日本の有り様なのです。これらは、国が国策として解決していかなければならない、重大にして喫緊の課題だと考えます。「何を目的として活動をしているのか?」との問いをよく頂きますが、私は何かを目的として國體護持及び楠公顕彰の活動を為しているのではなく、國體護持と楠公顕彰そのものが私にとって「生きる」という事である事も併せて申し上げる処です。以上、ふと思い立ちましたので、自身の回顧とさせて頂きます。