今から76年前の今日(日付が変わったが4月7日)、坊ノ岬沖海戦にて、大日本帝国が世界に誇った戦艦『大和』は沈没した。
 
 
 
大東亜戦争終盤の米軍本土上陸という、未曽有の国難に当たり、楠木家家紋を冠した作戦「菊水作戦 天一号作戦」による楠公精神のもと、沖縄を見殺しにはできぬと、死を覚悟した3000名以上の英霊を載せ出撃した超弩級戦艦「大和」は、4月6日に徳山を出航。
 
 
 
4月7日12時半、坊ノ岬沖北緯30度34分、東経128度4分にて、米空母艦載機延べ400機の猛攻を受け、午後4時頃、大破沈没、2717名の英霊が散華した。
戦後の自虐史観によって、日本人の大和魂は失われ、二度と帰る事が無いと承知の上で出撃した「大和」の真意、大東亜戦争の大義『東亜独立の為の聖戦』『自存自衛の戦い』であった事を理解できる日本人は少なくなった。
 
 
 
幸いにも、私は父親が旧帝国海軍の中尉であり、大東亜戦争を戦った軍人であったので、その真実を知る事ができたのだ。
目の前の「私」や「利」に易々と転じる現代日本人の多くは、戦艦「大和」が何故出撃したのか、理解もできないのであろう。
「公」の精神を以て大局を俯瞰する事のできる、「誠」ある日本人に立ち返る事が急務である。
 
嘗て、日本人は焼土から再び立ち上がってきた。
あの苦難をも乗り越えた日本だからこそ、先人の御神霊と共にある限り、現在の禍も、必ず乗り越える事ができる。
戦艦『大和』の命日にあたり、英霊の御魂へ慰霊と感謝を捧げつつ、ここに日本再生を誓う。
大日本弥栄。
皇国中興。