今回の衆院選における中道改革連合の苦戦は、中道路線が抱える構造的な限界を白日の下にさらした。

立憲民主党と公明党という、歴史も支持基盤も異なる勢力が急造した新党は、独自の政治的ビジョンを確立せぬまま、選挙戦の荒波に飲み込まれた。最大の要因は、国家の根幹である普天間基地移設や原発政策において、「対話」と「折衷」の名の下に、曖昧な先送りに終始した点にある。

左右両陣営からの批判の標的となる「政治的サンドイッチ状態」。さらには国民民主党・玉木代表が掲げた「手取りを増やす」という実利的なリアリズム路線の台頭。かつての協力者が最大のライバルへと転じた構図は、他者依存の政治の脆さを物語っている。


混迷を極める今、私は山口県萩市に並び立つ、伊藤博文の二つの住まいを前にして、政治の原点を思う。





一方は、低い身分から身を起こした少年時代を象徴する、藁葺き屋根の質素な旧宅。そのすぐ隣には、国家の最高実力者となった晩年の、豪華絢爛な別邸が移築されている。あまりに極端な対比を見せるこの二つの建物は、伊藤が歩んだ激動の人生そのものである。




伊藤はかつて、保守派と民権派という激しい対立の間に立ちながら、単なる妥協ではなく「立憲制」という揺るぎない背骨を通すことで、対立を国家の推進力へと転換させた。彼にとっての調整とは、今、何を切り捨て、何を守るかを決断する、血の滲むような意志の行使に他ならなかった。

「中道」とは、中間地点へ逃げ込むことではなく、激しい対立を飲み込み、新たな解を提示する、最も勇気を必要とする陣地であるべきだった。

八方美人的な振る舞いは通用しない。

国を思う誠があるならば、まずは自らの足元を固め、どっちつかずの言葉を捨てるべきであったのだ。

さもなくば「中道」という看板は、歴史の荒波に消えるのみである。

質素な旧宅と、壮麗な別邸。その並びが物語る圧倒的な意志の軌跡は、政治の出発点が巧みな調整術ではなく、一人の政治家が抱く「揺るぎない覚悟」であることを、今も静かに語りかけてくる。