日本人の聖域が、静かに侵されようとしている。

宮崎県日南市の鵜戸神宮境内奥に鎮座する波切神社で起きた事件は、まさにその象徴だ。

宮崎国際大学の助教・健二・サイエット氏(エジプト出身・帰化日本人)が、神社境内でムスリムの礼拝呼びかけ「アザーン」を大音量で唱え、「アッラーフ・アクバル!」と叫ぶ動画をTikTokに投稿した。

波切神社は神武天皇の父神を祀る神聖なパワースポットであり、鵜戸神宮は「日本民族の祖神誕生の聖地」とされる場所。その最奥で異教の祈りを響かせる行為は、明確な文化冒涜に他ならない。

大学側は「信教の自由を尊重する」「個人による投稿」と擁護し、処分なしで注意喚起のみ。この対応に、多くの国民が強い違和感と怒りを覚えている。

当然だ。

信教の自由は大切だが、それが他者の文化・伝統を踏みにじる「特権」になってはならない。日本神道の聖域で一方的にアザーンを叫ぶのは、日本人のアイデンティティへの挑戦である。

欧米の失敗を日本は繰り返すのか。

移民政策の緩和でモスクが増え、外国人労働者受け入れが拡大する中、似た摩擦は今後さらに増えるだろう。

一部のリベラル系は「多様性」「寛容」を連呼するが、現実は違う。

欧州ではアザーンの騒音問題、価値観の衝突、治安悪化が社会を分断し、伝統文化が失われつつある。

日本も同じ道を歩めば、静かな神社や伝統行事は次々と「多様性」の名の下に侵食される。

日本は古来、独自の文化・伝統・美意識を育んできた島国だ。

家族観、国家観、神仏習合の精神——これらを守り継ぐのが我々の責務である。

弱腰の多様性幻想に流される限り、日本は「誰の国でもない国」へと変わってしまう。

波切神社の事件は、明確な警鐘だ。

教育の場にいる者が率先して日本の聖域を冒涜するような事態を、看過するわけにはいかない。

日本人として、境界線を明確にし、誇りある伝統を守り抜く強い意志が今、求められている。


そして最後に。

先日『プラダを着た悪魔2』を観た後、マリー・アントワネットをテーマにしたニナズのカフェへと足を運んだ。


映画のテーマカラーである赤と白の衣装に身を包み、まるで映画の世界の登場人物を気取ってと並んで写真を撮った。



あの映画が描き出すように、白の洗練された理想と、赤の強烈な現実が対峙する今。

結局、どれほど華やかな白の幻想であっても、剥き出しの赤の現実には決して勝てないのだ。