こんにちは、Chifumiです。
秋本番の信州上高地に夫と二人で行ってきました。
のんびりするつもりが、
夫はもうこの(老化で軟骨が減った)痛い膝では山登りは今年最後かもしれないし
私の体力もこの先持たないかもしれないし・・・
ということで上高地にある焼岳(やけだけ)登山を敢行しました。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20201017/21/chiha6449/9a/21/j/o1080081014836388902.jpg?caw=800)
日本百名山に数えられる名峰で標高2444メートルです。
夫は学生時代3000メートル級の山しか登りたくなくて、
私は今年、本格登山するには体力がなさすぎて、
でも夫がほとんど荷物を担いでくれると言うので
行く決心がつき二人で焼岳初体験登山でした。
山道を登りながら、このしんどさにいつも来たことを後悔しながら
それでものろのろ牛歩の歩幅で山頂を目指し登っている。
毎回毎回、山を登るのは修行のように辛くて苦しいのに、
なんで私は登るんだろう?
爽やかな風、きれいな空気。
息を呑む紅葉の美しさ
天候の変化で
運良く一瞬霧が晴れて視界が広がったときの
山頂からの景色の感動。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20201017/21/chiha6449/72/d3/j/o0810108014836388905.jpg?caw=800)
それから
自分の体と背負った荷物の重さを感じながらののぼり道。
足の下ろす場所を考え、自分の体重を全身で受け止めながらの下り道。
持っていけるのは背中にひとつ背負えるザックだけ。
ものや思考や、そんなものを究極までに削ぎ落とさないと
危険と隣り合わせの山は容易には入れません。
だから、遡っての準備段階で
たくさんの、あれば便利な
持っていきたい荷物を取捨選択して
どうしても必要なものだけを残す。
いる、いらない。
この手放す作業をすることは
家の整理収納や断捨離にも似て、
快感に思えるのです。
そうして選んだ大切な荷物と歩みを進め
自然と一体となって
これまでの人生について深く考える時間が
私は好きなのかもしれません。
荷物を最後まで二人分担いでくれて
やっぱり最後は膝に来た夫は
「もう一生アルプスは無理だなあ」
というくらいへばって下山しました。
到着したホテルでビールとワインを飲んだら
気持ちはすっかり回復したようですが。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20201017/21/chiha6449/61/91/j/o0810108014836388909.jpg?caw=800)
来年以降もまだしばらく、
二人の人生の山登りはよろしくお願いします、と
乾杯した、全身筋肉痛の上高地の夜でした。