8割の働き蟻は一生懸命働くが残り2割は仕事をしないという蟻の研究
について耳にしたことがある。この2割の働き蟻は事が起こると活動を
始めるという。2割は事に備えているという説明であったが、この様に
蟻の社会が成り立っているという事だ。
この2割の働き蟻の選出はどのように行われるのだろうか疑問に思った
ことがある。そして色々考えた末、私の見解としては『自然に決まる』
である。
ブログを通して何度も確率は『平等の証』と述べてきた。
コイン投げの実践もしてみたので、表なら表が続けて現れることがあ
ることも体験している。そして、そうであるにもかかわらず大局的に
は確率通りに収斂していくことも経験済みである。
確率の不思議と2割の働き蟻の不思議が重なって見える。背後にきっか
けがあるのかないのかわからないが、自然に決まるのだと自分なりに
結論付けている。
こんな不思議なことが自然に???何か秘密が隠されているに違いな
い』、兎角そんな風に考えてしまう。自分の思考にバイアスがかかっ
ていようとは夢にも思わない。
不思議に思われるようなことも確率的には生じるのだ。
何となく決まり、しかも辻褄が合っているということがこの世界には
ある。この摩訶不思議な現象のお陰で確率が成立している。
人の行いにもこの摩訶不思議な現象は影響している。
文明の変遷や発展のために誰かがその役割を担い社会を導く。政治が
然り、発明、発見が然り。これらを成した歴史上の人物たちは自発的
に行動したのである。しかし、この自発的行動は歴史と無関係ではな
かった。
つまりそうしたい強い気持ちがあったか、そうするような環境が次々
に目の前に現れてせざる得なかったか分からないが、歴史の節目にお
けるその人物たちの行動は不可欠であった。
人は自分の意思に基づいて行動している。したいことをし、食べたい
物のを食べる。自由にしているのだから孤独さえも自己責任と覚悟し
ていた。だが自由にしているようで、その実は全体の辻褄が合うよう
に行動している。全てとは言わずとも少なからずそんな側面はあるの
だろう。
2割の働き蟻の研究の話からそんなことを思った。