1.で述べてきたように、この世界が正規分布形状しているとす
  ると、過程が進む(時間の経過)につれて全体の形がクッキリ
  してくる筈だ。確かに徐々に色々な事が明らかになって来てい
  る。しかし全体像が見えてきているかと言えばそうとは言えな
  い。138億年経過しているというのに...。

  私たちが文明生活するにあたって様々なインフラや機器が開発
  され、設置されてきた。おかげで地図を持たなくても知らない
  土地へ行って困らなくなった。ナビゲーションシステムという
  便利なものを利用できるからだ。
  私たちが便利さを享受できるのも、それらを開発し設置してく
  れた人々がいたからであり、更にはその人たちの開発を後押し
  した科学技術があったからである。
  科学技術は学者が自然界の仕組みを数式として発表したものを
  応用してきた。自然界には法則がある。

  自然法則と言う変わらない決まりがある。後に若干修正を受け
  るものもあるが大筋では変わらない。確かにこの世界には中心
  的なものがある。

  中心が有れば正規分布を想定するのが正規分布夢想である。
  正規分布は時の経過とともに全体像がくっきり浮かび上がって
  くる性質が有るが、この世界の姿は一向にくっきりして来ない
  のは何故なのだろう。
  無限という時の長さから見れば138億年の歳月は赤子以下の時期
  ようなもので、その程度の時の経過では全体がわかろうはずも
  ないというのだろうか...。
 
  『ああ、訳分からん!』

  大胆にも辻褄の合わないこの世界の中心的なもの(完成体)を、
  正規分布の外に切り離してみる暴挙に出た。

  『あん?』

  すると中心的なものがこの世界を創っている構造を想定出来る
  ことに気づいた。

  中心的なものそのものの分布が現れているのではなく、そのも
  のが創造しているものの分布が現れていると考えたのである。
  私たちが観察しているのは創造されている世界である。