「私の遺言」佐藤愛子著②
どこまでこのブログに載せられるかわからない。
ただ、
この本に魅せられて。。
ドッグイヤーを付けたところを書きだして。
ここ、二章は、「霊魂」の定義と転生輪廻について書かれているところ。。
「霊魂」の定義についてからの抜粋![]()
「『死とは無になることではなかったのだ。
肉体は滅びても霊魂は滅びない。
人間の主体は肉体ではなく魂である。
死ぬと肉体は無くなるが
魂は『死後の世界』(四次元世界)へ行く(それが仏教でいう成仏である)。
だが、すべての魂がそこへ行くわけではなく、
この三次元世界にとどまる魂もある。
死んでもこの世での欲望や執着、怨みなどから離れることができない魂がそれで、それを遊霊という。
また、家や土地に執着してどこに居続け、
地縛霊といわれる霊魂もある。
交通事故などで瞬間的に死んだ人の霊魂の中には、
自分が死んだことを自覚せずにそこに止まり、
たまたま同じような波長を持った人が通りかかると、憑依して引きこむ。
「魔の踏み切り」とか自殺の名所といわれる場所に・・・・
その他に因縁霊というのがある。
本人には原因はないが、血のつながる先祖が起こした問題が子孫の肩にかかって障害を起こす場合である…。
理不尽な、と怒ってもしょうがない。
先祖はいかにに遠くても血のつなっがった身内であるからには、
子孫に責任がなくても連帯責任を負わされるのである。」
転生輪廻について書かれているところ![]()
「我々の肉体は物質であるから、やがて老化して消滅する。
しかし魂はその肉体の死と同時に四次元世界に帰り、百年か二百年くらい経ってから再び肉体に宿って三次元世界であるこの世へ生まれてくる。
この繰り返しを『転生輪廻』という。
人が転生するのは、魂の浄化向上のためだといわれている。
…略…
いやだといっても、信じられないといってもそういうことになっているのである。
だから人生は苦しみに満ちていてそれでよいのであるらしい。
欲望を持つ肉体と大脳は魂の学習のために必要なのだ。
『魂は霊性の進化を続ける旅人だ。』と…
この世に生まれて来た時は、前世の記憶は消されている。
だが、記憶とは別に魂には多くの先祖からの想念がインプットされており、
魂はそれらの波動の集合体なのである。
前世の記憶は消えているが、波動が動く時がある。
俗に『前世の因縁』といわれ、恋愛、結婚、重病、人生の転機にそれが動くという。」
~引用はここまで~
あらためて、引用して気づいたこと![]()
佐藤愛子氏は、文末に決定打を打っている。
曖昧さを排除している。
この歳になって想うこと![]()
佐藤氏の言っていることは迷える人にとって、変な宗教にハマるよりもずっと真理を追求しているし、実践的だ。。
「己自身を鍛えること。」
どうしても怠惰に走り、感情の赴くまま
気持ちが萎えるとき
自分の心(魂)に喝を入れるのは自分自身で、
それを怠けていたら、この世に生まれてきた意味がない。
魂の浄化ができない!ということになる。
それがもしできないなら、自分の死後、その魂はどうなるのかもこの章に書いてある。
人生は波乱万丈な路線が造られてらている。
どんな人にも喜びと悲しみと苦労の種はあって、それをどう受け止め浄化するか?!毎日闘っているのが私たちだから。
感情に溺れ、流されるのも自分
泣いてもわめいても、解決するのは自分との対決。
早朝のi景色の一期一会
汝の心に教えよ
心に学ぶな
~トルストイ~


