最近、映画をよく観ます。
映画も芝居も面白いですね。
「ジゴロ・イン・ニューヨーク」を観てきたので、その感想です。
この映画を観るきっかけは予告編でした。
ウディ・アレンと言う名前が出たとき、見たいって思ったんです。
彼を知らずに「ミッドナイト・パリ」を観て、オシャレで好きな作品になりましたから、続けとばかり、「ローマでアモーレ」も観ました。
こちらも美しい風景とも相まって楽しめた作品でした。
今回もウディ・アレンという名前を聞いた途端に見たい!!って思ってしまいました。
この映画のタイトルに「ジゴロ」ときますからね。
一見軽い乗りのエロチックな映画かしらと、観るのをためらいもしましたが、結果は観て良かったと思います。
ウディ・アレンの役は、ブルックリンで、古本屋の主人をしていました。
「していました」と映画の最初で、過去形になるんです。
父親から引き継いでやってきた家業は不景気の煽りを受けて、とうとう自分の代で店をたたむ事になりました。
そんな店に来るのがジョン・タトゥーロで、お互い長年の友人同士なんですね。
ジョン・タトゥーロは寡黙な花屋さんの役です。
店をたたむのを手伝って貰いながら、とんでもない提案をします。
アレンには、日頃から掛かりつけの女医さんがいます。
夫もいて彼女もいるレズビアンなんだそうですが、その女医に持ちかけられた話をタトゥーロにします。
高額の報酬で、男娼をしないかと誘います。
唐突で凄い話にビックリします。
この映画はセリフの中にユーモアがあって、クスッとした笑いも散りばめられていますし、映像でも見せる作品です。
こんな台詞がありました。
「今は貴重な本を買う人が、貴重な存在になってしまった。」とボヤくところが可笑しいです。
このあと、二人は真面目そうで誠実な生き方から、違う一歩を踏み出します。
このまま上手くいったように見えて、実は問題が起こるのです。
そこは置いといて。
ジョン・タトゥーロは段々男前に変わっていきます。
彼の女性の扱い方は上品で素敵なのです。
役も人柄もそうなんでしょうね。
それは、タトゥーロが説得されて初めてジゴロ役になって女医さんの家を訪ねる時に魅せてくれます。
彼は花屋ですから、自作のフラワーアレンジメントを持って彼女の自宅を訪ねます。
そのアレンジメントのセンスが抜群です。
日本の生け花風にアレンジしてあって、
彼女は花に惹かれ彼には興味も。
彼女はイブニングドレス姿です。
自宅の部屋に音楽を流してゆったりとした雰囲気をつくって彼を待っていました。
彼は彼女の選曲に合わせてダンスをリードします。
寡黙なタトゥーロですが、教養とセンスと優しさがここで分かります。
このあと二人のベッドシーンへ。
ここも素敵な音楽と共に激しく。
女性の扱い方。
ダンスの誘い方。
大人の洒落た会話が光ります。
更に、映画は映像で魅せるものだと映画から伝わってきます。
女医の家に置かれた調度品は彼女の内面を描いているのだということが分かります。
この部屋は高級感に溢れてモダンでますが、冷たく孤独感も表します。
逆に、タトゥーロの自宅に女性が訪れる時に彼は、ジワッと温かみのある買い物をして、居心地の良さを演出して相手を迎え入れます。
台詞以外のこうした行動の巧みさが、観ている私たちに更に面白さを映画を通して伝えてくれます。
相手を思い癒すことに長けているところを見抜いているアレンならではの采配が功を奏し、ジョン・タトゥーロはナチュラルな素晴らしい『ジゴロ』なんですね。。
この映画、アメリカのブルックリンが舞台ですが、そこに生きている人たちの中に、ユダヤ教の教えを厳格に守っている人達が居ることをこの映画を通して知りました。
未亡人になっても女性は屋外で自身の髪を他人に見せてはいけない!!と言う戒律も知りました。
そんな堅い心の鎧で身を固めたユダヤの未亡人に対してウディ・アレンは、ただのお金にがめついポン引き男ではなく、家族を大事にする良き夫であり、父親の姿で接し、タトゥーロを紹介します。
それは、この二人の男の友情がもう一つ、本当の愛に気づく魅せ所への展開でした。
ポン引き男はユダヤ人でしたから、聖職者(ラピ)らから目をつけられ、宗教裁判になります。
これがニューヨークだからブラックユーモアっぽくて面白いですが…。
この映画、ラストが素晴らしいんです。
大事なものに気づき、手に入れたんですが失います。
傷心な心を励まし、まだまだこれから頑張っていきまましょう!となるのは、この二人の男の固い友情です!!
限界や諦めではなく、先に進める力になる映画です。
素晴らしい映画の時間を過ごしました。
※覗いてみて下さい・・
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