「マイ・ボディガード 」をDVDで初めて観ました。

これは2004年の作品です。


ジョン・クリーシーは南米を流浪の末にメキシコに友人を訪ねた。

それまでの彼は、

常に命の危険に晒されている米軍の対テロ部隊で18年、働いていた。

張り巡らせた神経のアンテナはくたびれて、

ぼろぼろになってしまったように、親友の目には映る。


ただ、今は大量の酒に溺れ、生きる希望も持てない。

そんな彼に仕事の世話をした。


8歳の女の子のボディガードだ。

そこはメキシコの首都、メキシコシティー。

1日何件という割合で身の代金誘拐が起こっているところ。


ひげを剃り、酒は見えない所で飲み、無口で仕事にのみ撤すると心に決めて。


雇い入れたのは車関係の社長様。

子供の送り迎え等はベンツを使い、仕事で扱う車はトヨタかフォードかと、迷っているメキシコ人?!の経営者。


妻はアメリカ人。


子供をキリスト教の私立学校に通わせ、その子の通学にボディガードを雇い、企業人として誘拐保険に入らなければならない。

この辺のメキシコの事情が私に分からないが、誘拐がビジネスとして、成立している社会であるようだ。


まったく、考えられない「不法ビジネス」

これを取り締まる警察組織にも及ぶ。


その上、この雇い主の父親のふがいなさを最初に感じた。


やっぱり、

この父親は子どもへの愛情よりも、ビジネス。

仕事の不調にあえいでいた。

どう資金繰りをまかなうか。

「不正ビジネス」を逆手にとった。

その手だてを知るものは限られている。


最初の時点で、この映画のストーリーにうすうす気づきました。

しかし、

まさか、誘拐事件の真相がこんな結末とは。。


後半にあらすじを乗せました。


この映画で一番素晴らしく感動的なのは、

サミュエル・ラモスの9歳の娘ピタ役の

「ダコタ・ファニング」です。


彼女の静謐な瞳。

深い洞察力。

人間の眞と誠を見極める気性。

無心の愛。


ボディーガードの仕事をダコッちゃんと、

ここでできたことに、

この映画を観たことに感謝。。


そんな映画でした。


この映画も是非観ていただきたいと、思います。




この後は解説から。。


原作の小説があって、映画化されたものだと言うこと

原作は『燃える男』。



原作と映画では設定や結論に差があるようです。


この映画の背景を。


『政情の不安定なメキシコでは、誘拐は立派なビジネスとして成立していた。


映画版では弁護士のジョーダン(原作ではマンスッティという名前)はピタの父親に口封じで殺害されたが原作ではクリーシーが仕掛けた爆薬で殺害されている。


映画版ではクリーシーは誘拐されたピタを重傷を負った体に鞭打って奔走し、最終的にピタの無事と引き換えに自分は息絶えるというストーリーだ。

が、原作では、クリーシーは誘拐された際に負った傷で昏睡中に誘拐犯らのミスでピンタは死亡(物語中盤)。その後、傷を癒し、復讐鬼と化したクリーシーが誘拐にかかわった人間、組織を次々と抹殺していくというストーリー。


裕福な家族はそんな不法ビジネスのターゲットにされており、

ボディーガードを雇うことがメキシコでは常識であり誘拐保険に加入するための条件だった。


会社を経営しているサミュエル・ラモスは誘拐保険更新のためにその場しのぎで新しいボディーガードを雇わなければならなかった。


雇われることになったのは、かつて米軍の対テロ暗殺部隊に所属していたが、現在はアルコール中毒で給料が安かった

ジョン・W・クリーシー(デンゼル・ワシントン)。


クリーシーの友人レイバーン(クリストファー・ウォーケン)は、

アルコール中毒だった彼のために、

サミュエル・ラモスの9歳の娘ピタ(ダコタ・ファニング)のボディーガードの仕事を紹介した。


元軍人のクリーシーは少女のボディーガードにまったく興味を示さなかった。


最初はピタに「俺は君の友達じゃない」と冷たくあしらったりもしたが、次第に彼女に対し父親のような感情が芽生え、

水泳や勉強を教え、家庭教師的な役割も果たすようになった。』



この映画を観て

命の値段を考えてしまいました。

一番は家族の命を守ることだから。