日本で古くに読まれたお月様の歌が
わが心慰めかねつ更級や 姨捨山に照る月を見て
「古今和歌集」作者は「よみ人知らず」
わたしの心はどうにも慰めようがない、姨捨山にかかる月を見ていてはという意味です。
さらしな・姥捨と呼ばれる現在の長野県千曲市八幡。
今でも山には棚田があり、下を日本一長い千曲川が流れる名勝地です。
だれの歌なのか分かりませんが、
この歌はあとに続く作家たちの創作意欲を大いに掻き立てたそうです。
この古今和歌集から約50年後の951年に成立した大和物語という説話集の中の一つ「姨捨説話」がそうです。
主人公は信濃の国の更級に住む一人の男。
両親と死に別れてからは年取ったおばと一緒に実の親子のように暮らしていましたが、男の嫁はこのおばを嫌っていました。
嫁はこのおばを山に捨ててきてくれと夫を責めたため、男は満月の夜、「山のお寺でありがたい法事がある」とおばをだまして山の奥へ連れ出し、おばを置いて帰ってきてしまいました。
しかし、男は落ち着きません。
山あいから現れた月を見て寝ることができず、そのときに歌ったのが「わが心慰めかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」です。
男は非を悔いておばを迎えにいき、以来この山を姨捨山と呼ぶようになった―というお話です。
このおばの知恵を借りて国難を救う話を昔話で聴きました。
なぜか、私たち日本人は
月を見て物思いにふけりませんか?。
月に何か神秘的なものを見ていたように思います。
心の鏡なんでしょうね?
今宵の月も。
