学生の頃、業者テストの接続詞の問題で
4択から1つを選べ!!というのがありました。

これが意外と当たらなかった^^。
順接と逆説はわかるけれど。

今日、本を読んでいたら、
「えっ!?」ここに こんな接続詞をつかう???
と、思ったです。

ラフカディオ・ハーンの「怪談・綺談」で、です。

この方日本に帰化して「小泉八雲」となりましたが、
私が読んでいる小説は「ラフカディオ・ハーン」ですし、日本語訳「田代三千稔」という方のお名前もあります。
彼が英語で書いてヨーロッパで出版したものですね。

さて、この小説の短編でのこと。

最後に幸せをつかんだんだ主人公だから、
私なら、

「とうとう~したのであった。」と結論に至る流れなので、
副詞の「とうとう」をつかうところを

接続詞の「けれども」をつかって
「けれども~したのであった。」で文を結んでいる。

修まるところにおさまった話も
この「けれども」だとこの結論が本当に良かったのか!?と最後に読者に疑問を残す。
「えっ」っと思ってもう一度考える。

順接の流れを逆接をつかって表す。
すると、今まで まるで存在感が薄い上に、
強欲のイメージが愛に変わる事柄に。
急に様々なイメージが浮き上がって来るから不思議だ。

これぞ、怪談・綺談、
いや小説の神髄は
「接続詞」の使い方なんだろうな。

もし、機会があったらぜひ「鮫人の感謝」です。
わずか文庫で6ページちょっと。
読んでみてください。

最後の一行で意外な発見がありますから。