今でも小学校で習った「ふるさと」の歌詞そのまま・・・みたいな場所が結構あります。
私が、この「ふるさと」で、育つことになったのは、母が離婚して、私を連れて実家に帰ってきたからです。
要は、私の実家=母の実家であります。
幼稚園に入る前には、実家で住んでいましたから、父の顔は知りません。
父に会いたいとは思いませんが、法律を知ってしまった今、見知らぬ地で、父と名のつく人が借金をして死亡したとして・・・。
形式上でも、相続人にあたる私は、借金取りに会う可能性があります
法律では、この「形式上」というのは、実はとても怖いなと感じます。
母は、父とはすっかり縁が切れていますが、私は形式上は親子に変わりないのですから。
もう、生前でいらっしゃっても、今から喜んで相続放棄しておきたい気分です。無理ですけど
父はおりませんでしたが、私は、村一番「優しくて、頭がよくて、バカがつくほど人の良かった」祖父と、「ちょっとお喋りだけど、細かいことは気にしな~い。お友達いっぱ~い」の祖母と、「ユーモアたっぷりだけど、結構、ウルサイ」叔母(母の姉)と母の5人家族の中で幸せに育ちました
叔母(母の姉)は、亡くなった祖母が「奈良医大で青春を送った」と人に紹介するのが口癖で、現に「奈良医大の職員と間違われた」ことがあるくらい入院や通院を今もしています。
でも、私が生まれたころは、比較的、元気になっていました。
母は、私を育てるために働きに出ないといけないので、私はこの叔母と日中の大半を一緒に過ごし、いわば育ての親でありました。