子供の時から実は

物書きになるのが夢でした。

白いノートを買ってきては

自分の本を作ったり詩集を書いたりしていました。


私が書くんだから

ダンスの話し?

鬱の話し?

身体の話?

半生?

違うんです。

自分の話を封印して

今私がやってる事を全く知らない人に向けて書きました。


題名「こんなはずじゃない!」

高すぎる自意識に苦しんだ

私の言葉。

頑張っても頑張っても

なかなか認めてくれない自分と戦い続け

私はこんな風に自分と仲良くなりました。


遠い過去を憂なくていい

未来を不安に満たさないで

今、この瞬間のあなたを幸せにしようよ!



via SENSE and
Your own website,
Ameba Ownd



今回私は

3つのイベントの直前に体調壊し

イベントをこなしながら体調回復していったわけですが

(現在は喘息)


その中で

「何のために健康でいるのか」

考えました。


具合が悪い

なかなか調子が戻らない。

でも人が集まるイベントが待っている。


さーどうしよう…


30分だけなんとか動いた鹿角

ほぼ記憶も定かでないw



体調が悪い時ばかりは

自分の代わりがいない仕事をしている

と言うことに急に恐ろしくなったり

なぜ今まで無事にやってくれたのか不思議になったり

休めない仕事をするなんて無謀すぎる!…なんて考え始めたり


自分が現在やっていることが

急に不安になったりしました。


でもこれを10年やってきたんです。


咳は止まらないけど

だるいけど

とにかくあと何日かで仕事をしなければならない。

本当だったら横になっていたい。

でも、動ける状態にしておかないと…と思い、立ち上がる。

必死で家のことをやってみたり

歩いてみたり。



↑前日まで起きたり寝たりしていました盛岡



確かに健康は大切


あなたは何のために

健康でいたいですか?


もし私が

いつまでも寝てて良い状況だったら

きっとまだ動かないだろう。

今日この時点でもきっとまだ寝ていたでしょう。


だって具合がわるかったから。


「自分を大切にしてください」

とよく言われますが


横になりたいからと

しばらく横になっていたら


きっとまだ回復していなかっただろうなと思います。


やらなきゃならないことのために無理して立ち上がり

待ってる人たちのために考え始めたり

自分がどんな状況でも

誰かのの笑顔をイメージして、楽しいことをしようとする。



↑今日の八戸 クラスの間は咳が出ない!


自分はこんな時だけど、ベクトルが自分じゃなく誰かの為を思う方向に切り替えられるかどうかが

エネルギーだって思うんです。


これこそが

「生き方を選ぶ」なんじゃないでしょうか


私は

誰かのために動くことを選びました。




以前

手術をした人は、なるべく早く自分の足で歩くように練習させられると言う話を聞いたことがあります。


なぜそんなに急いで動き出すんだろう

痛いだろうに

辛いだろうに

なぜそんなに早く動き出さなきゃいけないんだろう

と思ったことがあります。


歩くのは早い方が回復が早いからなんだそうです。


自分がしんどい中でイベントのために動き出そうとした時、その話を思い出していました。


今は辛いけど

きっと早く良くなる。




明るい方へ





人の笑顔に向かおうとしてる時

神様が味方してくれないわけがない!


辛くて寝ていたいけど、

私は必死で起きてイベントの準備をしました。


よく言われます。

「自分を大切にしてくださいね」

「無理しないで」

 


私は私を大切にしています

私の魂の向かう方向を大切にしています。




あなたはどう生きたいですか?

何のために生きたいですか?

自分の命を何のために使いますか?



無理をするのは悪いことでしょうか?



私は、今自分ができることで

人の笑顔のために

私の命を使います




出版しました!




高橋智恵子公式LINE


 9月23日に鹿角にて

火と歌と踊りのイベント。



9月30日に盛岡で

スペシャルNia魂うたコラボ

2つのイベントを終了して帰って参りました。


だいぶ間が空いてしまいましたが😅


やっと秋が来ましたね。

9月は私にとって

本当に恐ろしい月でしたw


「楽しいイベントばかりは続かない」と言う歌詞を聞いて

あー本当だとしみじみします。


9月はイベント三昧でした。

シャンソンのステージに立ったその翌週

ひどい頭痛と共に熱を出しました。

3年ぶり!

同時に肋間神経痛になりました。

同時に持病の喘息が出ました。

三重苦でした。


熱は下がったけど、

神経痛と喘息がある状態での

鹿角のイベント。

今回はたまたま歌うたいの久美子とコラボだったので、

幸いにも私の持ち分は半分で


ギリギリまで車の中にいて休んだ状態から

外の会場に行ってみんなを躍らせて

久美子にバトンタッチしてと言う状態で、何とか乗り切ったと言う感じです。


正直記憶もあまりなく

どんな風だったのか全く分からない状態でしたが


写真ができてきて

自分が踊ってるのを見てびっくりしました。

写真を撮ってくれたあやのんが

「神様の手足なんだね」と言う言葉をくれました。


10年もこんな仕事をしてきて、

こういう状態で仕事をしたのは初めてです。

忘れようにも忘れられないけれど、記憶もないような笑

そんなイベント体験しました。


以前の私なら、

こんな状態でお客様のことも考えられずに仕事をするのはとんでもないと思っていました。

でも年齢を重ね

その日、その時間そのタイミングに自分の体調を常にベストにしていくと言うことの知識を改めて感じ。

そうじゃないときに、

つまり状態が良くないときに

日ごろの積み重ねが結果として出るのだと言うことを強く強く感じました。





イベントの前にはものも考えられず

起きるのもやっとで痛みと息苦しさに耐えながら


それでもそのひまでプログラムを作り、火と共に踊る創作だけは何か自分のどこかで行われていて


まるでベルトコンベアーのようなものに乗っかって当日を迎えたと言う感じでした。





この日と言う日は二度と戻ってきません。

だから思います。

あの日のあれが最善だと


時は戻らない。

私が10年積み重ねてきた、これが結果だったんだと思うのです。




私を会場まで連れて行ってくれ、ドローン撮影してくれた旦那さん

歌を歌ってみんなを踊らせてくれた久美子

撮影で見届けてくれたあやのん


その日、助けてくれた天と地と大自然の神様たち

大切な

参加してくれた皆さん。





本当にありがとうございました。