以前
プロのピアニストであった友達が
深夜に1人でピアノを弾く時
誰も見ていないところで
ピアノ弾く時
それは「神様への捧げ物」と
言っていた。
私も
常々思っています。
音楽とかダンスって
生まれた瞬間に消えていく
その刹那がいとおしいもの。
鹿角のストーンサークルで
イベントが終わり
しばらく経ってからのことです
そう
本当に最近
そういえば
前もってストーンサークルの視察に行った時は
それほどの感じなかったけど
イベント当日の空気も
空も大地の鼓動も
全てが違ったなと
そして全てが終わった今
なんとあそこがいとおしい場所になったか
まるで故郷のような。
あの時のことを考えると
異次元に行ってしまうような
本当に素晴らしい時間を
過ごさせていただきました。
その後
一緒に体験してくれた仲間たちや
知人から
いろんな遺跡でやってみたら?と
紹介もされたのですが
あれ?😅
えーとわたし…
別に遺跡マニアなわけじゃなく
遺跡の専門家でもなく
特別遺跡に思い入れがあったわけじゃ
なかった…とwww
たぶん見に行ってみたところで
ストーンサークルを視察した時と同じだろう
そこに繋いでくれた
「人」があったから始まったのです。
周りのそういう働きかけで
自分の思いを少しずつ知りました。
それと似たような事なんですが
「あの時使った何番目のあの曲は
なんという曲ですか?」
と、時々聞かれることがあります。
クラスやイベントで使った音楽のことです。
ほとんどがNiaの曲です。
Niaの曲は
Niaオリジナルであり
サイトから買えるものもありますが
購入できたとしてもアルバム(10曲)でしか買えず
もう買えないものもあります。
まだ購入できるものはご案内したりもしますが
😢
あまりお勧めはしません。
何故かと言うと
私もNiateacherになる前に
やったことあるんです。
クラスで受けたあの何番目の音楽で
ものすごく感動したから
あの曲が欲しい!
と思って
当時慣れないインターネットで
購入しました。
そしてそのアルバムが手元に来て
そうそう!
この、3番目の曲!
みたいな感じで聞いてみたんです。
でもね
もちろんNiaの音楽はいい!
本当に感情に訴える曲がたくさんあるんです。
でもね、そういうことじゃなく。
やっぱりあの時だったから
やっぱりあの場所だったから
やっぱりあのメンバーだったから
例え同じ音楽があっても
やっぱり
やっぱり
あの感動は二度と来ないんです。
それを
知っててくれるのと
知らないで体験するのは
絶対に違う。
つまり
あのとき
あの瞬間が
あなたが身体(いのち)を使って
音楽に身を委ねて
こみ上げてくるものを一緒に
昇華させたあの瞬間が
あれが 刹那なんだ
時は戻らない
その瞬間のためにやってる
今、生きている
なんとなく過ぎる時間の
瞬間瞬間を感じたくて
今、ここにある命を感じたくて
それをさせてくれるのが
感情なの
刹那は
感情
刹那
仏語
時間の最小単位。
1回指を弾く間に
60あるいは65の刹那があるとされる





