ひとつ
またひとつ

夢が叶う


夢は見るだけじゃなくて
叶えていけるもの


そのためには
動くことだ


座っていても何も起きない




私たちは
夢を叶えていく


私は頭の中で
自分が思い描く世界を

現生に映すことができました。

いくつも
いくつも



外イベントを始めたのは39歳の頃



当時は自営業の夫の店を
手伝っていた

踊ることに
決して恵まれた環境ではなく
周囲に活動の理解もしてもらえず
いろんなことと戦いながら
必死で歯を食いしばりながら
罪悪感と戦いながら

夢の世界を降ろしてた。

実家の母は言った
「女が何かひとつ頑張ろうと思ったら
お前だけ頑張ればいいわけじゃない。
家族を巻き込んでいくんだよ
良く考えなさい」

私のために
家族が犠牲になる
常にそんな母の言葉と闘いながら
膨大なエネルギーが必要だった。

当時の夫は
「お前の仕事は
それじゃないだろう」と
いつも不機嫌だった。



自分を責めながら歩く
常に後ろに引っ張られながら
前に進む
膨大なエネルギーが
消費されていく


そうしてある日
私は壊れた。


全ては一旦崩壊した。





病み上がり
ストレッチの仕事を始めたのは
41歳くらい。


精神科のドクターの言葉

「やらなければならないことは
やらないで。
やりたいことだけやりなさい。

家事も仕事も子育ても
やらなければならないことか
やりたいことか
自分に問いながらやってみて」



私は歩き出した。

まだふらふらする足で

相変わらずの罪悪感と
戦いながら



私がやりたいことをやっていいかどうか

その答えをくれたのは

見知らぬ人々だった。




人が集まってくる

そのことが私の力になった。




この活動が正しくないなら
人が来ないだろう
だから


人が来てくれる
それが


本当に嬉しかった。




47歳
私は離婚と共に
Nia teacherになった。


応援してくれる
旦那さんに出会えた。


夢が  終わらない

夢が  続いていく




長かった

本当に
ここまで来るのが
長かった。


あきらめなかった
あきらめきれなかった

何一つ恵まれたことなんかなかったのに
どうしても
手放せなかった



あきらめなければ
叶う
夢もある
(全てではないけれど)




私に力をくれたのは
知らない人


私に力をくれたのは
いつも
いつも


縁もゆかりもない
初めましての人


知らない私の話を聞いて
大切な身体を預けてくれて

おなじ
ときを

過ごして



知らない人が
知ってる人になり


知ってる人が
どんどん増えた



そのうち
初めて会う人も

家族のように

接することが
できる私が居ました。



来てくれてありがとう


目の前にいる

あなたが私の家族


会いたかったよ

大好きだよ

最高だね

愛してるよ



また

会おうね


なんの保証もないけど



また会える
気がするんだ。





繋がってる
人は繋がってる

それが今はわかります。


たったひとりを大切にしたら
世界が平和になるし


たったひとりに話しかけても
みんなが
自分のこととして受け止めてくれるし


たったひとりを喜ばせたら
神様が喜ぶ





そうだよ
あなたのことはわたしのこと
わたしのことはあなたのこと




だから
自分が幸せにならなきゃ

誰かを幸せにはできないんだ




自分がお腹がペコペコなのに
人に食べさせてばかりは

続かない。




色んなことがあったけど
本当の意味で必要な経験でした。



経験があるから
今がある。




大好きな外イベント

大きな空と
大きな大地が見守ってくれる
大切な仕事を


60には引退していよう、と
なんとなく思い始めました。



ちえこさんも
限りある資源ですw

もし
気になってるなら

早めに参加してくださいね。
(次の予定はまだ無いけど笑)




一緒にやりたいとか
次に続いてくださる方も
常に募集します。


私の話を聞いて
私と一緒に歩いてくださる方を

常に募集します。



たくさんの笑顔を作っていこう



昨日お友達に聞いた言葉


幸運が伝説を作るのではない
才能が伝説を作るのではない
若さが伝説を作るのではない
情熱こそが伝説を作るんだ


情熱とはビッグなことを
やることではない


情熱とは今できる小さなことを
すべてやること


情熱とは前代未聞の
自分に会いに行く覚悟





私たちができることで❤️