私たち
見た目にそんなに変わりはない。

せいぜい
髪型に特徴があるとか
太ってる痩せてる
背が高い低い
黒い白い
くらい。


見た目にさほど変わりはない。


だからわざわざ
「これがわたし」と
宣言する必要も無かった。



こんなだったらわかりやすいなw



そうだよ
私のパーマもそうだけど

日頃から表現し続けてる人はよくわかるだろう。


「これがわたし」と
宣言することの意味が。





よく
「わたし、変わってるんです」

「わたし、宇宙人なんです」

「わたし、変態です」

とかいう人



そうかなあって
感じの人が多いです。



結構よくいる感じだと
思います…




もしツノが生えてたり
青かったり
手が10本あったり


見た目に何かあきらかな特徴が
あったとしたら


日々生きていくことが
どうだっただろうね。


「わたし変わってるの」
なんてわざわざ言わないだろうな。

「わたし、宇宙人なの」
なんて

絶対言いたくないだろうな。




そんなこと
考えることありますか?


わたしはあります。
よく
考えてます。


もし自分が
老人だったら
小人だったら
男性だったら

歩けなかったら
見えなかったら
聞こえなかったら


リアルに
体感してみたりする


これ
きっと
旅行に行くよりエキサイティング


考えかたも
生き方も

状況で変わるんだよね。




当たり前に生きてるわたしたち

毎日人に蔑まされることもなく

平和に慣れすぎて
だからわざわざ

「変」だとか言いたくなるんだろうか。







自分が普通だとも
変わってるとも
思わない。



わたしたちは自分しか知らないだけだ。



髭がもっさり生えちゃう女性が
小人の男性が
ものすごく大きな男性が


「これがわたしだ」と
叫べるという
尊いことの意味




これがわたしだと
宣言することは


究極の自己受容





わたしの形はこれでいい
このままの自分がわたし、と
思えること。



自己受容できると
「できないことがある自分」
を受け入れる強さ
手に入れることでもあります。



できない
だめな
美しくもない
得意なことがない
なんにもない

そんな自分を
受け入れること。



私たちは
自分を変えることしかできない。



思っていたより
大したことなかった自分

全然すごくなかった自分

人より劣ることが
たくさんあった


そんな自分を

「これが私」と言えますか?


八戸
東京
盛岡と

宣言しようという仲間が
続々と集まってきています。


ただ今総勢50人!