リーディングを始めたから
なのか
色々繋がりやすく
メッセージが
ひゅんひゅん降りてくる
降りてくるときは
ザワッと鳥肌が立ち
ホワンっとなる
宙に浮いたみたいに
勇者
果敢な人
恐れを知らないで
戦える人
と
思いがちです。
私が鬱病に倒れたとき
ドクターにいろんなカウンセリングを
受けさせられました。
通ってる精神科だけでなく
ほかの病院のカウンセリングや
個人宅でやるカウンセリング
一気に4タイプのカウンセリングに
行かされたんです。
ひとつの精神科に行くだけでも
結構ストレスなのに
他の病院にまで
当時の私は仕事も辞めて
ただただ横になり
ベソベソ泣いたりボーっとしていたので
時間だけはあり
ドクターは
とにかくたくさん話すようにと
あらゆるタイプのカウンセリングを
させてくださいました。
病院のカウンセリングは安い
そうして1時間
子供の時の自分に会いに行く
身体の中に入る
質問に答えて行く
好きなように喋る
あらゆるカウンセリング
カウンセラーさんも
巷に流行ってるカウンセラーさんみたいに個性的でなく
白衣着て
顔や髪型に特徴はなく
前回と同じ人か
そうでないかはよくわからない
人に話してるのに
何か意見されることはなく
人に話してるのに
どんどん自分の中に入っていって
カウンセラーさんのことは
ほとんど記憶に残らない。
最後はいつも
机に突っ伏して泣いていた。
終わっても起き上がれない時も多く
しばらくベッドで休んで帰ることも
しばしば。
ある日
自分の身体の中で
自分の傷を見た
みぞおちあたりにある
その傷は
まだ生々しく血が吹き出していて
異臭を放ち
心臓の拍動に合わせて
辺りを血で汚していた
そんな体感のあるカウンセリングのあと
吐き気と目眩に襲われて
しばらく動けず
1人残されたカウンセリングルームで
号泣していた
そんなときなのに
フッとやってきた
感覚がありました。
私って 強いんだ
最も多くの人々を傷つけた人では
ありません。
勇気がある、とは
怖れていないという意味ではありません
自分の中の恐れを認めて
自分が怯えているのを認めて
自らの制限や壁を乗り越えると言うこと
私って強いんだ
ボロボロだったくせに
そんな風に感じた
漠然と。
でもその後
鬱回復の後
改めて周りを見回して
思いました。
この世の中
自分と向き合わず
傷を傷とも認めず
傷を知りながら
無かったことにして
生きてる人の
なんと多いことか。
自分の中の
弱いところ
醜いところを見ないで
綺麗事だけ言ってる。
良いんだよ
あなたはあなたのままで
良いんだよ
とか
自分の気持ちを一番大切に
なんて言葉を
はきちがえていたり
人のせいにしていれば
自分の傷を見なくて済むからね。
「拡大したサイクルに入っています。」
そうそう
ライオンズゲートが開いている
とか。
今年はいろんな占いで
2018年度の後半は
全く新しいことを始めるって。
誰かの話を聞く時
その人の放った
気になる単語を繰り返す。
放った言葉を
問い返す
私がアドバイスをあげるわけじゃない
答えはみんな
自分の中にある。
その胸の中
分厚い扉の中に
答えを持っている
扉を開きますか?
開くのは怖いですか?
そうしてカードをひく
だってそこにあるのは
真実だ。
真実を見るのが怖いから
みんな悩むんだ。
悩んだふりをする。
ぐるぐる答えが出ないのは
誤魔化しているからだ。
そのとき
そのときがくるのを
待っているんでしょう
答えが出ないのは
そういうこと。
勇者は
扉を開けに行く
私は弱い人間ですと
正面から受け止める者
そこから
何かがはじまることを
勇者は
知っている。




