昨日は二戸の友人がやってる個展へ
(10日まで開催中)

抑えることに使ったエネルギーは
旦那さんと出かけてきました。
笑顔のかわいい
いつも控えめで優しい友人の作品

私は東京で夢破れて帰京した後
2年間画廊に勤めていました。
とはいえ
絵の知識なんかほとんど無かったのですが
感性と言葉の使い方を評価され
就職したのです。
画廊で毎日たくさんの作品に触れ
額装をする中でわかったことは
抽象画が好きだということ。
抽象画には、広がりがあります。
好きなように解釈していいので
自分の世界で遊ぶことができます。
何かに見立てたり
自分の中の感情に投影したり
行きたい場所に見立てたり
自由なんです。
私のやってることも不可解なので
意味を考えないでくださいね(笑)
邪魔かもしれませんが
作品に入って撮影させていただきました。
私は音楽を聴くと
こんな風に映像になるんです。
色や形、そうして動き
音楽は私にとって
聴くもの、観るものなんです。
話をしていて
気づいてしまったことが
ありました。
気づいて話しながら
グッと胸に迫る思いがありました。
それは
「わたし 自分のために表現してない」
ってことです。
やってることがダンスだし派手だし
やってるつもりでいました。
でも私が今メインでやってるの
「みんなのためのこと」
みんなをどうやって表現させようか
そればっかりでした。
やって無かった。
それに気づいたのは
彼女が表現していたからなんです。
本来は
出すためのエネルギーだった。
私の表現するエネルギーは多いのに
なぜ表現することを忘れてしまうんだろう。
もう
出してあげないと
息づいているのに
生み出していない。
表現というものは
出す以前に
感じている
感じてなければ出すものが無い
私は
人の何倍も感じてる
感じてるのに
自分をいつもいつも
裏切ってるんだと感じた瞬間
ちょっと凹んだ。
友人の作品が表現していたことで
私が見えた。
今年
私がやらなきゃならないことは
私を
私の中に生まれた膨大なエネルギーを
放出することだ。
私がやってる
音楽や舞踊というものは
形が残らない。
出したそばから消えてしまう。
だから
「捧げるもの」とも言われます。
天に
内なる神に
捧げる表現を
作品撮影協力
feel 浅川ふさこさんblog ☆
感謝と敬意をを込めて。








