「あなたは ちやほやされてるよね」・・・と
言われました。
そうですね
自分でもそう思います。
普通こんなにちやほやされないよね。
人より絶対 優しくしてもらってる
・・・と 思う 確かに。
私は20歳のときに社交ダンスの講師になりました。
あ
キンタローじゃないですよ笑
社交ダンスといえば 大人の社交場
中年以上の方の生徒さんがほとんどです。
先生は競技選手も兼ねてるので
若いのです。
20歳の私を
年配の セレブな方々が「先生」と呼ぶ
不思議な世界です。
しかも私はまだ先生としては卵で
何もできないのに
「先生」と呼ばれ
プレゼントをいただき
ときどき豪華な食事をごちそうになり
パーティとかになると
みなさんがわたしの着るものの心配なんかしてくださり
用意してくれたりなんかしちゃうのです。
時代もありましたよねー
バブル最盛期でしたから。
なんでそんなことをしてもらえるのかというと
生徒さんみんなで ひとりのダンサーを
教師を育ててくれる世界だからです。
立派な先生に育てて
教室を繁栄させて欲しい
そう思ってるから 私にちやほやしてくださるのであって
わたしが何か素晴らしいからとか
才能があるからとかでなく。
生徒さんたちはお金持ちなだけでなく
地位のある方も多かったので
私にいろんなことをさりげなく教えてくださる存在でもありました。
人の話の聞き方
口のきき方
お茶の入れ方
作法
先生に対する態度
立ち居振る舞いまで
つまり
ちやほやされるってことは
いつも見られてるって事でもあります。
みんなが私を一流にしようと
目を光らせている
そういう状況でもありました。
ちやほやされるってことは
そんなに楽なことではないです。
一挙手一投足見られてるのは
結構大変でした。
十二指腸潰瘍は3回やりました。
ま・・・・
そんなに可愛がっていただいたのに
社交ダンスの仕事は数年後やめてしまうわけですが
その後も私の人生は
専業主婦だったときを除いては
ほとんどそういう感じ
自分ではその他大勢のつもりでも
いつの間にか真ん中や一番前にさせられてて
注目を集めてしまう
ぶっちゃけ
好きでちやほや・・・っていうか
好きで注目されてるわけでもないし
どう見えるかは
人が見たことで
自分ではちっともそんな風にも思ってないし
自信満々なわけでもないのに
そうとられることにも
なにせ20歳からそうだったので
慣れっこで
にこにこしてるからって
いい気になってるわけじゃないんだからな!
でも
人が何を言っても
わたしは わたし
本当の私は ここに居ます。
そう
日記の中の私が全て。
ここには真実しかない。
無理もしていないし
嘘もついてない。
きっと ちやほやされることには
そこに 意味があります。
理由がある。
期待されていたりします。
それはときに重く
いつもそんな風は正直疲れるものです。
そのせいでしょうか
ひとりが好きです。
自分だけの時間をこよなく愛してるし
そういった意味では
私の家族達はきっと
寂しいと思います。
わたしには
話しかけてはいけないときがあります。
たとえば 今
日記を書いてるようなとき。
心が自由になる瞬間
だれも入れない時間があります。
わたしにも
受け取る時間が必要なのです。
自分に帰る時間が なければいけないのです。