今朝 


朝日を浴びながら

揚げたてのから揚げをお弁当に詰める瞬間

その場面が ストップモーションになった




あ   今 幸せだ



振り返ると

テレビを見ながら朝食を食べる娘



今朝私が作ったお味噌汁をすする姿を見て

そこにも 



幸せがあった




その場面から ぽこっと

娘の姿だけ抜き出して 来年の自分を想像する



18年 お母さんやれた


なんだか追い立てられるようにやってきたようだけど

お母さんをやらせてもらった  と思う



お母さん暦18年

一緒に育ててもらいました





どうして今日こんな風に実感するの?って言ったら



自分達の思うような選択ができたから。




選べるって 私たちみたいな人間には

スペシャルに幸せなことだった


強い意思があるから。



こうしたほうがいいよ

こうやって生きたほうがいいよ

良い学校良い就職 




良いってなんだろう?



何が「良い」なんだろう?




人によって違うんだろうけど

私と娘の共通した意見は



自分が選択した方に向かうこと  だった



今日何食べよう?と思ったときに

「これがいいよ、身体にいいからね、高価だからね、おいしいからね」

と進められたもの


じゃなくて


今自分が食べたいものを 食べられることに

幸せを感じられる



今まで長いこと

それが許されなかった。



それは 愛ゆえにだったけど。




誰かがあげたい愛が 私が欲しい愛とは限らない



愛だからと受け取り続けてきた結果

自分の欲するものがわからなくなっていた。


要らないということが許されてなかった

反抗すると追い詰められて攻め立てられた


逃げられなかった




病気になってまで

主張したいことがなんなのか自分にわからなくなったときに

ドクターが言ってくれた



「食べたいものだけ 食べなさい

食べたくないなら 何にも食べなくて良い



やりたいことだけ やりなさい

やりたくないなら なんにもしなくていい」




主張しないで生きてきたら

食べたいものさえわからなくなり

やりたいこともわからなくなった




食べたいものがしばらくわからずに絶食して

自分が食べたいものを思いつくまで待った




ごめんなさい 

ゆるしてください

ありがとう

愛しています


自分を浄化する ホ・オポノポノの言葉



愛しています を


「大切にします」と変えて

今までの自分に言ってあげてと ドクターが言った



(自分今まで無視して)      ごめんなさい

(自分ないがしろにして)     ゆるしてください

(いっぱい我慢してくれた自分)  ありがとう

(これからは自分の気持ちを)   大切にします





自分の気持ちに沿って 選択するということを

誰よりも尊重することを

大切にしなくちゃいけないタイプの人間が居ます



中学の頃から父親と進路の話をするたびに

何にも言えずに泣いていた 娘は



言葉にできなかった言葉を涙に代えてあらわしてきました



そこには強い思いがあったことが

わかっていました




それでもそのときは 助けてあげられませんでした



でも

二人暮しになってまで 自分の選択をつぶすことはないよね!って

ある日気づいたんです





働きたい

お金を稼ぎたい

自分の選択をしたい

お客さんと話したい

人を気持ちよくしたい

人を幸せにしたい




そういう気持ちが強くなった娘を

学校に行かせるのは なにか違うぞ・・・・と




娘の通う高校は進学校で

クラスでも娘以外の!全員!が大学へ進学します

ひとりだけ専門学校というだけでもアウトロー扱いだったのに


就職になったら

先生はあきれて何にも言わなかった  と



今までずいぶん説得されたなー

でももうおしまい



大きな選択 自分でした娘は

堂々と学校に行きました




整体の先生が言ってた




人は進化しかしない

生きてる限り 進化しかしないんです

まるでそれが立ち止まっちゃったみたいでも

後退して見えるようでも

それでも実は 進化しています











新しい朝を迎えました。






進化しています  生きているから。