今日の講座の休憩時間に

しばらく講座をお休みされていた

70代の生徒さんと話をしました



しばらく体操に来られなかったのは

ご主人の介護をしていたからだったんですが



ご主人が今施設に入って

ようやく体操に来られる・・・と




ご主人は痴呆症で

とにかく怒鳴り散らしていたらしく

それでも頑張って自宅でみていたんだけど



痴呆が進んで

とうとう

かなづちを奥さんに向かって振り回すようになってしまい



眠れないどころか

生きた心地がしない毎日に


奥さん自体が体調を壊し うつ状態になってしまい



子供達が決めて

ご主人を介護施設に預けることになったのだけど


そうなったらなったで

ご主人の兄弟姉妹が施設にやってきて




私たちの兄さんは良い人だ やさしい人だ

施設なんかに入れないでと



奥さんに迫って 責めたと




ぽつりぽつりと聞かせてくれました






だれも 施設に入れる選択なんかしたくない

良い人だってことも 奥さんが一番わかってるのに




Nさんのご主人だって

大事な人ににかなづち振り回すなんて思ってなかっただろう

大事な人がわからなくなるってもう

ある意味

もうそこにご主人は居ないのだ


その 肉体を施設に入れても

ご主人だって許してくれる






父が 精神を病んで 病院に入ったり出たりしていて

まだ 家でも介護してるような最中


身体的には家で看れるけど

精神的に大変になってきたとき


父は父であるけれど

父でない


ときどき 違う人になり


目つきや行動がおかしくなり




そういうときに 家族がどんな思いをするか

知っています



「施設に入れるのは本人の為でなく

介護する人の為に入れるのです」



そう、いくらケアマネージャーさんに言われても

私たちもなかなか決心がつきませんでした



だって やっぱり父なんですもの

ずーーと暮らした 家族の姿がそこにあるんですもの



一日のうちの数時間おかしくなるなら我慢しようって


でもその数時間がいつどんな風に起こるかわからない世界で



どんどん家族は追い込まれていくのです





今思えば

父は最期の最期

全く応答をしなくなるまで

意識がいったりきたりしていました



父のときと そうじゃない誰かのときは

病室に入っていって一声かけたときから

私にはわかりました



そうやって生きるって

どんな思いなんだろう




そのときどんな風だったかを語ってくれる人は居ません

だから永遠にわからないことなんですよね



知りたいけど




知らなくていい




なんでもかんでもわからなくていい




わかったら辛すぎて生きていけないような気がします





わからないことはわからないことに意味がある・・・と

考えるようになったのは最近のこと





あの時お父さんはああだったのかしら

こうだったのかしら

ああも言いたかっただろうに

こうもしてあげられなかったけどと



そうやって 慮って

それだけでいいのかもしれない




もうすぐお盆ですね





父が帰ってきますね。



うれしいな♪