自分のキャラがゆるいせいか
いろんな人にアドバイスを受ける
時に
相談もしてないのに
アドバイスをくれる人もいる
どうも、なんでも受け入れるように見えるらしい・・・
特に ばりばり体育会系の方々に
こういうエクササイズを取り入れたらどうか?という提案や
今こういうの流行ってるらしいとか
もっとこう指導したらいいとか
そーいうことアドバイスする人に限って
私がやってることを実はわかってない
身体が利いてがんがん運動してきた人や
そうでなければ「運動じゃない」と思ってる人に
わかってもらえる気がしない
自分はスポーツじゃないけど
確かにダンスをするのに不都合な身体では無かったから
最初この仕事を始めようと思ったときに
すごーくショックを受けた
自分の当たり前が
当たり前じゃなかったことに。
前提が違うのだ
ストレッチなんか簡単
さあ、まず床に座って・・・って時に
床に座るのがしんどいっていう人が居る
息が切れるっていうタイミング
自分が思ってるより
もっともっと動けない身体に
何から伝えたら良いか
身体を動かすことがしんどい人に
運動してもらうためには
どのくらい 何をやったら良いのか
身体を痛めないように
すすめるには・・・?
もともとそういう勉強をしてきたわけじゃなかったので
やばい!と焦ったのは
もう講師になった後だった
自分ができることは 教えれると思ったのが間違いだよね
で、まず最初に勉強したのは
高齢者の運動指導
運動強度や 安全な形
声がけ 負荷のかけ方
励まし 力づけ 少しでも意欲を引き出す
学びながら資格を取って講師をしていく中で
年配の方の身体って 尊いものだと感じるようになった
生きた年数がそこにある
私が経験したことの無い
身体の硬直や 重さを感じながら
皆さんは運動して くれている・・・と
感じるようになった
自分がその身体になった想像することから
私の学びは始まった
筋肉が落ちていくということは
身体が重くなること
その重い身体を動かすのだ
何キロの砂袋をぶら下げてるようなものだと
テキストに書いてあった
その身体で 運動するためには
何が必要? どういうアプローチがやる気を起こさせるの?
そういう自問自答をしながら
実践と学びの中で
父がパーキンソンという
筋肉が硬直していく難病にかかった
父の動きがだんだん鈍くなっていく
どんどんできないことが増えていく
立ち上がる力も 歩き出す力も
腕を上げたり 首を動かすことも
その動きをサポートしていく中で
介護士さんや 看護士さんや 作業療法士さんたちの
仕事を見た
大切なことは「声がけ」
身体を動かす「気持ち」を作る声がけ
励まし 力づけ
足を一歩先に進める 勇気を出す
サポートと声
父を立たせる練習のときに
私も父の背後から支えながら声をかける
「さあ 立つよ! 1・2・3!」
なかなか持ち上がらないおしり
その 重さが直に私の手に伝わってくる
こんなに重い
しかも 立ち上がっても
自分で支えきれない切れなくなってしまってる 細い足
立ち上がってもそのまま転ぶかもしれない
転んだら自分で起き上がれない
きっと
立ち上がるって事が 物凄い恐怖なんだと感じた
当たり前に立ち上がることができる
私には わからない恐怖
それでも 声をかけて立ち上がらせる
立ったらしっかり支えて
「さあ 歩くよ 1・2・1・2」
父の気持ちになって
私ができる精一杯は 励ますことしかなかった
動かすのは他でもない 父自身なのだ
そうやってやっと
ベットから椅子に移動させて ほっとしたら
父が 私に言った
「ちえこの 声は 勇気が 出る」
身体を動かすときに
運動をするときに
ダンスをするために
「勇気」が必要な人たちが居る
その人の為に
勇気を届けることなら できるかもしれない
そういうところから
自分の役割を見つけた わたしは
スポーツを「先導」して 「指導」していく・・・というより
後ろから「励まし」 下から持ち上げ「応援する」という
サポートする講師になろうと思った
だから
こういうエクササイズが利くとか
今の流行はどうだとか
一応やってみたり 知ってみたりするのですが
現場で使えるものはあんまり無く
私の目で見て 感じたことが全て。
今 みんながこういう動きをしたから
じゃあ次は どうしようと
常に感じて クラスをすすめています
感じてはいるのに
考えては居ない
クラスが始まる前は考えてるけど
始まると 考えてない
だから
もう新しい資格を取りに行ったりする必要は
無いのかも・・・・って
思ったりする
やっぱり 資格だけ持ってても
だめだよね
人を見る力と 感じる心があれば
このままで良いのかもって
思うようになった
「足りないことは 何にも無い
お前の中に全部ある」
ウェーブリングの資格を取りに行こうか
悩んでるときに、森の中で聴いたメッセージ
私は 全部持っているのか・・・・・
本当は持っているのだ
まだ 見つけてないところや
出せてないことが
きっと あるだけなんだね。
私は全部持っていて
私は完全なんだ
信じよう。
いろんな人にアドバイスを受ける
時に
相談もしてないのに
アドバイスをくれる人もいる
どうも、なんでも受け入れるように見えるらしい・・・
特に ばりばり体育会系の方々に
こういうエクササイズを取り入れたらどうか?という提案や
今こういうの流行ってるらしいとか
もっとこう指導したらいいとか
そーいうことアドバイスする人に限って
私がやってることを実はわかってない
身体が利いてがんがん運動してきた人や
そうでなければ「運動じゃない」と思ってる人に
わかってもらえる気がしない
自分はスポーツじゃないけど
確かにダンスをするのに不都合な身体では無かったから
最初この仕事を始めようと思ったときに
すごーくショックを受けた
自分の当たり前が
当たり前じゃなかったことに。
前提が違うのだ
ストレッチなんか簡単
さあ、まず床に座って・・・って時に
床に座るのがしんどいっていう人が居る
息が切れるっていうタイミング
自分が思ってるより
もっともっと動けない身体に
何から伝えたら良いか
身体を動かすことがしんどい人に
運動してもらうためには
どのくらい 何をやったら良いのか
身体を痛めないように
すすめるには・・・?
もともとそういう勉強をしてきたわけじゃなかったので
やばい!と焦ったのは
もう講師になった後だった
自分ができることは 教えれると思ったのが間違いだよね
で、まず最初に勉強したのは
高齢者の運動指導
運動強度や 安全な形
声がけ 負荷のかけ方
励まし 力づけ 少しでも意欲を引き出す
学びながら資格を取って講師をしていく中で
年配の方の身体って 尊いものだと感じるようになった
生きた年数がそこにある
私が経験したことの無い
身体の硬直や 重さを感じながら
皆さんは運動して くれている・・・と
感じるようになった
自分がその身体になった想像することから
私の学びは始まった
筋肉が落ちていくということは
身体が重くなること
その重い身体を動かすのだ
何キロの砂袋をぶら下げてるようなものだと
テキストに書いてあった
その身体で 運動するためには
何が必要? どういうアプローチがやる気を起こさせるの?
そういう自問自答をしながら
実践と学びの中で
父がパーキンソンという
筋肉が硬直していく難病にかかった
父の動きがだんだん鈍くなっていく
どんどんできないことが増えていく
立ち上がる力も 歩き出す力も
腕を上げたり 首を動かすことも
その動きをサポートしていく中で
介護士さんや 看護士さんや 作業療法士さんたちの
仕事を見た
大切なことは「声がけ」
身体を動かす「気持ち」を作る声がけ
励まし 力づけ
足を一歩先に進める 勇気を出す
サポートと声
父を立たせる練習のときに
私も父の背後から支えながら声をかける
「さあ 立つよ! 1・2・3!」
なかなか持ち上がらないおしり
その 重さが直に私の手に伝わってくる
こんなに重い
しかも 立ち上がっても
自分で支えきれない切れなくなってしまってる 細い足
立ち上がってもそのまま転ぶかもしれない
転んだら自分で起き上がれない
きっと
立ち上がるって事が 物凄い恐怖なんだと感じた
当たり前に立ち上がることができる
私には わからない恐怖
それでも 声をかけて立ち上がらせる
立ったらしっかり支えて
「さあ 歩くよ 1・2・1・2」
父の気持ちになって
私ができる精一杯は 励ますことしかなかった
動かすのは他でもない 父自身なのだ
そうやってやっと
ベットから椅子に移動させて ほっとしたら
父が 私に言った
「ちえこの 声は 勇気が 出る」
身体を動かすときに
運動をするときに
ダンスをするために
「勇気」が必要な人たちが居る
その人の為に
勇気を届けることなら できるかもしれない
そういうところから
自分の役割を見つけた わたしは
スポーツを「先導」して 「指導」していく・・・というより
後ろから「励まし」 下から持ち上げ「応援する」という
サポートする講師になろうと思った
だから
こういうエクササイズが利くとか
今の流行はどうだとか
一応やってみたり 知ってみたりするのですが
現場で使えるものはあんまり無く
私の目で見て 感じたことが全て。
今 みんながこういう動きをしたから
じゃあ次は どうしようと
常に感じて クラスをすすめています
感じてはいるのに
考えては居ない
クラスが始まる前は考えてるけど
始まると 考えてない
だから
もう新しい資格を取りに行ったりする必要は
無いのかも・・・・って
思ったりする
やっぱり 資格だけ持ってても
だめだよね
人を見る力と 感じる心があれば
このままで良いのかもって
思うようになった
「足りないことは 何にも無い
お前の中に全部ある」
ウェーブリングの資格を取りに行こうか
悩んでるときに、森の中で聴いたメッセージ
私は 全部持っているのか・・・・・
本当は持っているのだ
まだ 見つけてないところや
出せてないことが
きっと あるだけなんだね。
私は全部持っていて
私は完全なんだ
信じよう。