午前階上のはちえきの講座を終えて
1時に
地元小冊子うみねこ通信の事務所に行き
取材ってものを初体験
その後夕飯の支度をしに一回自宅に帰ってから
5時にKIDSダンス
6時半にシャンソンのダンス指導に
というわけで 今日もなかなかハードな一日でした
帰宅して
食事を温めたりしながら
「こんなとき気の利く娘なら『お母さん温めようか?』
とか 聞いてくれるのになあー」と
TV見てる娘に言ったら
顔だけこっちに向けながら
『お母さん 大好きだよ』 と
にっかり娘が笑いながら言った
このやろーーー!!! (-_-メ
1時に
地元小冊子うみねこ通信の事務所に行き
取材ってものを初体験
その後夕飯の支度をしに一回自宅に帰ってから
5時にKIDSダンス
6時半にシャンソンのダンス指導に
というわけで 今日もなかなかハードな一日でした
帰宅して
食事を温めたりしながら
「こんなとき気の利く娘なら『お母さん温めようか?』
とか 聞いてくれるのになあー」と
TV見てる娘に言ったら
顔だけこっちに向けながら
『お母さん 大好きだよ』 と
にっかり娘が笑いながら言った
このやろーーー!!! (-_-メ
さて 最近振り付けする機会に恵まれています
音楽を聴いたときに
頭にふっと浮かぶ動きを
即興みたいに振付けていくので
創りながら指導、みたいなのが
最近のやり方です
一応色んなパターンは考えて行くのですが
その場に行って人の身体を見て動きを見てから出なくては
決定できない
さて そういうわけで最近よく考えること
ダンスとエアロビクスの違いは何だ???
ダンスを踊るのに 大切なことは何???
足を右だ左だ 前だ後ろだ
1・2・3・4 5・6・7・8
足の順番手の動き
順番を追うだけではダンスにはならない
ダンスって運動?
じゃあ
運動神経の良い人はみんな
ダンスができる???
音楽を聴いて こういう振り付けというものが生まれても
それがどうやってできるのか 説明するのに苦労する
それは
基礎の身体の動きを教えることなく
いきなり振り付けから入ってるから・・・なんだけど
本来 「上手に見えるように踊る」=テクニックを学ぶためには
基礎の身体の動かし方からやらなければならないのですが
そこを通り越して いきなり振付けることをしようとしてるので
当たり前っちゃ当たり前
基礎をやっちゃうと
そこに囚われて
その人本来の個性的な動きが無くなって行くんですよね
ダンスを習ってる人たちって
動きが揃う
筋肉のつき方や姿勢が同じになって
同じ人がいっぱい、みたいに見えるから
揃ってて「美しい」
白鳥の湖の様に群舞の動きというものは
ある意味個性を無くして
「揃える」ことが美しさを産む のですが
動きが揃う
筋肉のつき方や姿勢が同じになって
同じ人がいっぱい、みたいに見えるから
揃ってて「美しい」
白鳥の湖の様に群舞の動きというものは
ある意味個性を無くして
「揃える」ことが美しさを産む のですが
例えば盆踊りや アフリカンダンスみたいに
「個人」の「個性」的な身体が 様々に踊ることを
美しいと 私は感じるのです
みんな同じ動きなんて
つまらない
同じステップを踏んでも
みんな違う
そんな風に
「身体」の個性が見たい
基礎なんか無くても踊れる
そこには「上手」を求めてなくて
見たいのは 「楽しさ」
南米の街角で お酒を飲みながら陽気に
歌ったり踊ったりする 「普通」の人々
「歌う」ことや「踊る」ことを楽しんでる
おじいさんやおばあさんでも
音楽を感じる身体を持っている
「人はスイングするか しないかだ」 という台詞は
映画『スイングガールズ』でのの台詞だったか
音楽を楽しむ身体
スイングするからステップが生まれるんであって
ステップするから ダンスができるんではない
ハートを抱えるボディーがスイングしないのは
どんなに複雑なステップを踏んでも
エアロビクスと同じ
逆に
ステップが踏めなくても
右左が違っても
音に合って無くても
ダンス!ヾ(@^▽^@)ノ
以前最高齢のおばあちゃん かまとばあちゃんって
2日に一回しか起きないご長寿がいたけど
寝てる耳元で好きな音楽をかけると
手をうらうら動かして踊ってた
踊る というのは実は
こころ 発 なのだ
極端な話 こころが踊ってたら
身体なんか動いてなくていいんだ
人は死ぬまで踊れる
躍る心が あれば いい
・・・・・と 長々書いた
これは あくまで持論です (●´ω`●)ゞ
テクニックを
教えられない 言い訳じゃありません (;´▽`A``