今日は生協講座
始まる前から 生徒さんが次々入れ替わり立ち代り
話しに来て
どの人も話し込んで なかなか話が切れず
やっとこさ講座が始まりました。
講座が始まっても
「いやー今日こそは休もうって決めてたのに」と
憎まれ口をきくおばちゃん 約2名
毎回言うんですけどね。
あそこが痛かったとか
今そこの階段上がってきたらもう息が切れちゃったとか
「じゃあ せっかく来たんだから休んでて」という私
そんな 私たちのやりとり聞いてみんなであははと笑いながら
講座が始まった
この 講座が始まる前の空気をとても大切にしています
運動はテンションが高くないと
身体が重くてきついからです
特に 年をとってからは・・・ね。
だから私の講座はいつも他の部屋から「うるさい」と
注意を受けるのです
最初は肩身が狭かったのですが
もうそんなことは気にならなくなりました
だって 15人が一緒に笑ったらうるさいに決まってる
うるさくしてやる!と思えるようになるまでは
凄く悩みました。
なにせ3人から始まった講座でしたから。
楽しく運動してほしい
どうしてそこにそんなに一生懸命になれるかって言えば
私は運動するのが好きじゃないからです
家で本読んだり、文章書いたり、料理してる方が好きなんですもん
体育はずーーーっと「C」とか「2」でした
マット運動と ダンスのとき意外は。
私にとってダンスは運動じゃないのです
ダンスは単に 音楽への反応を表現してるだけのもので
運動という感覚じゃないのです
でも身体をよりよく動かして表現ができるようになりたかったから
結果 筋トレしたりすることになって
仕方なくやっただけ
私がもし
運動神経がよくて 代謝の良い身体だったなら
なんの疑問も持たなかった
疑問をもたなければ 観察も勉強もしなかったはず
そうして
「どうせなら楽しく運動してほしい」というところに
こんなに情熱を持ったりしなかったはず
身体のこと 運動の必要性を
毎日毎日繰り返し飽きもせずに熱く語れるのは
「できなかった」という経験があったからこそ、なのです。
自分が40歳も半ばを過ぎて感じることは
筋肉の衰えが加速するってことです。
あえて気をつけて動かさなければ どんどん衰えます。
誰でも同じように年齢は増えていきます 平等に
でも「見た目」が若くいられるかどうかは
努力しかない
やらなければならないことなら
せめて楽しく
嫌なことだから(私にとっては)せめて楽しく
ひとりでも多くの人に知ってほしいのです
やったらやっただけ 自分の身体に返ってきたときの喜びを
立ったり座ったりすることが苦でない身体
外を歩いて 綺麗な景色や 気持ちの良い風を感じられる身体
旅行に行ったり 趣味をしたりが
快適にできる身体
どこかが痛くなってからじゃ遅い
病院に行ってお医者さんが治してくれるんじゃなく
健康は自分が作っていくのだということを
知ってほしい 感じてほしい
私に与えられた最初の恵みは
「運動が嫌いだったこと」
これだなと
今日は改めて感じたりしました。
嫌いなことを 楽しくするには
強い強い エネルギーが必要です
運動が嫌いな人を集めて
うんしょうんしょと
一番汗かいてひっぱりあげてる私がいます。
運動は嫌いです
特に自分の為にする運動は一番嫌い
こういう仕事じゃなかったら
絶対しなかった。
ああいやだいやだと言いながら
明日もトレーニングに行く
努力家ですから。
なっ はっ はっ
始まる前から 生徒さんが次々入れ替わり立ち代り
話しに来て
どの人も話し込んで なかなか話が切れず
やっとこさ講座が始まりました。
講座が始まっても
「いやー今日こそは休もうって決めてたのに」と
憎まれ口をきくおばちゃん 約2名
毎回言うんですけどね。
あそこが痛かったとか
今そこの階段上がってきたらもう息が切れちゃったとか
「じゃあ せっかく来たんだから休んでて」という私
そんな 私たちのやりとり聞いてみんなであははと笑いながら
講座が始まった
この 講座が始まる前の空気をとても大切にしています
運動はテンションが高くないと
身体が重くてきついからです
特に 年をとってからは・・・ね。
だから私の講座はいつも他の部屋から「うるさい」と
注意を受けるのです
最初は肩身が狭かったのですが
もうそんなことは気にならなくなりました
だって 15人が一緒に笑ったらうるさいに決まってる
うるさくしてやる!と思えるようになるまでは
凄く悩みました。
なにせ3人から始まった講座でしたから。
楽しく運動してほしい
どうしてそこにそんなに一生懸命になれるかって言えば
私は運動するのが好きじゃないからです
家で本読んだり、文章書いたり、料理してる方が好きなんですもん
体育はずーーーっと「C」とか「2」でした
マット運動と ダンスのとき意外は。
私にとってダンスは運動じゃないのです
ダンスは単に 音楽への反応を表現してるだけのもので
運動という感覚じゃないのです
でも身体をよりよく動かして表現ができるようになりたかったから
結果 筋トレしたりすることになって
仕方なくやっただけ
私がもし
運動神経がよくて 代謝の良い身体だったなら
なんの疑問も持たなかった
疑問をもたなければ 観察も勉強もしなかったはず
そうして
「どうせなら楽しく運動してほしい」というところに
こんなに情熱を持ったりしなかったはず
身体のこと 運動の必要性を
毎日毎日繰り返し飽きもせずに熱く語れるのは
「できなかった」という経験があったからこそ、なのです。
自分が40歳も半ばを過ぎて感じることは
筋肉の衰えが加速するってことです。
あえて気をつけて動かさなければ どんどん衰えます。
誰でも同じように年齢は増えていきます 平等に
でも「見た目」が若くいられるかどうかは
努力しかない
やらなければならないことなら
せめて楽しく
嫌なことだから(私にとっては)せめて楽しく
ひとりでも多くの人に知ってほしいのです
やったらやっただけ 自分の身体に返ってきたときの喜びを
立ったり座ったりすることが苦でない身体
外を歩いて 綺麗な景色や 気持ちの良い風を感じられる身体
旅行に行ったり 趣味をしたりが
快適にできる身体
どこかが痛くなってからじゃ遅い
病院に行ってお医者さんが治してくれるんじゃなく
健康は自分が作っていくのだということを
知ってほしい 感じてほしい
私に与えられた最初の恵みは
「運動が嫌いだったこと」
これだなと
今日は改めて感じたりしました。
嫌いなことを 楽しくするには
強い強い エネルギーが必要です
運動が嫌いな人を集めて
うんしょうんしょと
一番汗かいてひっぱりあげてる私がいます。
運動は嫌いです
特に自分の為にする運動は一番嫌い
こういう仕事じゃなかったら
絶対しなかった。
ああいやだいやだと言いながら
明日もトレーニングに行く
努力家ですから。
なっ はっ はっ