11月1日 娘が修学旅行に旅立った日

とある出来事がありました。

その日から 数日一人暮らしという日にあることが起きました

大きな声で一人泣き叫びました。


ショックでした もう耐えられませんでした。

その時に 私という地面が割れて 新しい私が出てきた・・・と

以前日記に書きましたが

それが 「怒り」という感情でした




自分の根底にあったもの

心を病むほど 落ちる原因は

しっかり「怒れないこと」にあったということを知りました。



もうこれ以上落ちるところが無い

底 を見ました

底 を知りました

底 にたどり着いたら 思い切り 

底 を蹴りました

蹴った後から 何か赤くて熱いものが

私をぐんぐん 上に上げました

悲しいとか 悔しいとか 怖いという感情の果てに

怒り という感情に出会いました


それは 気持ちのいい 再会でした


「泣いてもいいんだよ」は嬉しくないけど

「怒ってもいいんだよ」って言われたら どうかな



そうか 怒っていなかった ということに

気づいたんです。




正確には 正しい方向に怒っていなかったのです。



向かう先がはっきりしました

自分を強く持とう、と思いました




最初にうつ病になったときも もっと前からそうだった

私がエネルギーを欠乏したのは

ちゃんと怒らなかったからだったのが

今になってわかりました


噴出するエネルギーの強さが強いほど

抑えるエネルギーもたくさん必要になる


自分の感情を抑えることに 私は膨大なエネルギーを使ったのです

その湧き上がる感情とは

悲しみ ではなくて 怒り だったんですね



わたしは おこっている


ということを 否定してしまったんです

それが自分を傷つけたんだと思います

自分の尊厳を守るために 怒って良かったんです

理不尽なことをされたら 抵抗してよかったんです

それなのに 「我慢」した


感情的になるのはいけないことだと思って

自分を抑えたことが 結果大きな問題になったんだなと

思いました。


怒ることができるというのも

とても大切なことなんですね






子供の前でけんかするのが

とってもとっても 嫌だったんです


自分のためにだったらとってもできなかった我慢を

してしまった


そうこうしてるうちに

怒るタイミングがわからなくなり

悲しむ姿も見せられなくなり

不必要に 笑顔で居ることが多くなり





自分の気持ちを誤魔化すようになった

子供にとっても良くない結果になったのだ





どうしてそこまで我慢したのか

そんなこと今になってはわからない


その時の私にはそれが精一杯だった

強いて言えば

自分が子供のころ 両親が喧嘩する声が

とってもいやだったから


傷ついたから だと思う



悲しかった自分のために我慢したとも言える



喧嘩をするのは 悪いことじゃなかったのに



溜めた怒りは いつしか

恨みになっていく


根深いものとなっていくのに



つづく