娘がここのところ ぽつりぽつりと話してくれる

バイトを通して感じた  あれこれ

「昨日

一人で銀行に行って  バイト代とお年玉を通帳に入れてきたよ」

って

さあ  初めてのことです

ここからはもう、娘の通帳にいくら入ってるのか

解らなくなりました。

大人へのステップ  第一歩というところでしょうか?


「学校に行っても 勉強するんだけど

仕事をしても  勉強するんだね

学校はお金を払って 教えてもらうだけだけど

仕事場では 教えてもらえる上に お金をもらえるんだね」





「思ったんだけどさあ

尊敬語とか  謙譲語とかって

学校で習ったことはあっても

いざ使おうと思うと  なかなか出て来なくて

話ができないんだよね

お札を買いに来た人に 説明しようと思っても

何気ない丁寧語が出て来なくて無口になっちゃうんだ

もっとすらすら言葉が使えたら

もっといろいろ話せたのにって思った。

学校で習っていて、言葉は知っていても

それをいざ使おうと思うときにでて来ないのは

英語の単語や文法を知っていても会話にならないみたいに

使わなくちゃ  使えるようにならないんだなって  思った」



わ~~すごいね

凄くいいことに  気づかせてもらえたね



「寒くて  寒くて寒くて

逃げたくなった  もう嫌になったときもあった」





どの仕事にも  あるんだよ

辛くて  辛くて辛くて逃げたくなる瞬間が

学校の勉強は やってもやらなくても 成績が悪くても

続けさせてもらえるけど

仕事は逃げたらだめなんだよねえ

辞めさせられちゃうもんね、お給料でなくなっちゃうもんね

と   私


「そういえば  お母さんは  年上の生徒さんたちと話すときに

やっぱり丁寧語や尊敬語で話してるんでしょう?」


そうなんだよね

私の生徒さん  ほとんど50代以上です

そういう皆さんに向かって話すとか  言葉を使うときに

すらすらと  言葉が使える

冗談を言うときも 説明するときも

思えば  言葉に苦労したことが無い

それは本当に  私の財産だなと思う



18で上京し  最初に勤めた 飲食店の大きな会社

ビヤホールで一年みっちり  しごかれた

当時の鬼マネージャーは  今現在

取締役社長に なってしまった

入社して  最初に配属になった新宿のお店で

説明を聞くときに  着席して お水を出してもらった

そのときに

そこに居た  私たち新入社員 みんな

いきなり叱られたっけな

「お前ら  先輩が水出してるのに  黙ってるのか?」

それが最初の  お叱りで  

そこから  夏が過ぎるまで

叱られて叱られて 怒鳴られて怒鳴られて

立っていても歩いていても持っていっても下げてきても

叱られた

時計を見れば  「早く帰りたいか?」

「いらっしゃいませ」  を言えば

「まともに声も出せないのか」

「そんななら 田舎に帰っちまえ!!」

「どうせ何の役にも立たないなら、そこに立って声だけ出してろ!」




18の田舎の娘が  都会で働いて 夢を追って生きる

それはやっぱり  想像を超えた ある意味苦労であったかもしれない








何度も  上野の ホームに立っていた

仕事が終わると 本当はダンスのレッスンに行かなくちゃならないはずなのに




気づくと  ホームに立っていた

電車が出る度に

切符が無いのに  何度も乗ろうとして 止めて 

乗ろうとして  やめて



泣きながら  寮に帰った







お父さん  お母さん         おうちに帰りたいよう




そう言えずに   公衆電話の前で  泣いていた









私が  学生から  社会に出た あの 一年間

それがきっと  

人と接する仕事の  プロになる  基礎になったのだと思う






経験は  お金で買えない  宝物なんだよね






そこで学び  今思えば 今現在に至るまで

やってきたのは接客業ばかり

今のストレッチの講師だって  結局接客業だもん



基礎ができた後は  実践のみ

実践で  自然に使える言葉になるのだ




娘の学びから  自分の学びへと

改めて  言葉を使って多くの方々とコミュニケーションできる

喜びを再確認したような気がした



同じ経験をしても

そこから学ぶか 何も感じないかは

人それぞれ






娘の今後の選択を  楽しみにしたいと思います♪