ジャンルを聞かれるのが 苦手です
ジャンルって なに?
18までモダンバレエを習ってきた八戸を巣立って
東京へ
今みたいに インターネットが無い時代に
東京のダンス情報が無い時代に
どこでダンスを習うかって言うのは
今思えば 全く暗闇を行く・・・って感じでした
はっきり言って カン ですよね
「高瀬洋子芸術学院」っていう クラシックバレエの教室に決めて
上京しました
で
クラシックバレエを習ったのは 実は
ジャズが踊れるようになりたかったからで
ジャズダンスは クラシックバレエが基本になってるので
上京してから
働きながら バレエ習いながら
ジャズの教室探したんですよね
まさに 足で 探しました
本屋で立ち読みして情報収集して 地図を見ながら
探して探して 歩いて歩いて
見学して 体験して
そうして決めたのが 劇団サムシング
ミュージカル劇団の ダンス専攻
セミプロクラスに居ました
お友達じゃないですが パパイヤ鈴木さんが居ました
一緒のレッスンクラスには
夏まゆみさんが居ました
夏さんは 昔 吉本天然素材を振り付けした方で
ナイナイの岡村とか ダンス上手い人発掘したよね
その後 モー娘の振り付けした方です
その 夏さんが 私の2列前で一緒にレッスン受けていました
当時から すでにスターでしたが
劇団サムシングは
当時 槇村さとるさんの「ダンシングジェネレーション」を
ミュージカル化していて
私がジャズを習いたいきっかけの漫画だったので
そこに入会したのです
漫画 ダンシングジェネレーションは 最終的には
ジャズバレエって言うのを NYかなんかで踊るダンサーになっていく話しだったような気がしますが
ジャズバレエって ほんまもんのジャズ を
バレエで踊るんだよね
それに凄くあこがれて
っていうか
異種なものが 合わさることに 魅力を感じていたので
バレエ とか クラシック とか モダン とか
HIPHOP とか 社交ダンス とか
そういう 「これだけ」 みたいなものに
最初から納まる気がなかったんですよね
いろいろ踊れて 結局なんでもできて
で、好きだと思った音楽で 好きなように身体が動けばいいなって言うのが
目標だったの
かなり壮大な計画だったな~~(笑)
どおりで無理だったわけだ 納得!
劇団サムシングの星野先生(男性)はやっぱり
いろいろ踊れなくちゃっていう先生でもあったので
そこに居るだけで、いろんなレッスンが受けられたんだ
ま・・・それでもそこに2年くらい居たら
社交ダンスにいっちゃったんだけどね 私
社交ダンスも2年 教師免許取って辞めた
アフリカンもやったよ HIPHOPもやった
アフリカンは 音楽もダンスも最高だったよ
ダンスの全部の原点がアフリカンに感じられた
土の上で 裸足で 動物の革でできた楽器で 踊る
踊るって言うか
つながるんだよね
大地と 空を つなぐもの
それが ダンスなんだなあって 感じた
空だけでもだめで 大地だけでもだめで
空間を 手を 足を振り回して
太鼓に陶酔するとね
勝手に身体が動くんだ
動かされちゃうんだよね
「もうやめたい」って思っても 操られる
トランス状態みたいになって
自分が居なくなっちゃう体験をする
それって バレエだHIPHOPだ自己表現だって関係ないみたいだけど
実はみ~~んなつながってるんだよね
前は思っていたんだ
靴をね 並べて
バレエシューズ・トゥシュウーズ・ジャズシューズ・社交ダンスのヒール
並べて 次々はいて踊るの 一曲を
そういうのやってみたいな~~とか思ってるときがあったなあ
もう無いけど・・・
自分のちょっと他の人がしていない経験や感覚が
いつか生きればいいなあ って 思ってます
ジャンルは何ですか?って聞かれるのが嫌いです
ジャンルなんか 無いんだもん
みんな つながってる
ついでに言えば
歌うのも 話すのも 演奏も 絵や 彫刻も
きっとみんな同じなんだ
みんなつながってるの
きっと やればなんでも楽しいだろうな
学校は嫌いだよ
みんなで一緒の学び方なんてできないもん!
ま 志 半ばで田舎に帰ってきましたが
今思えば あの状況で その壮大な計画で
よくがんばったよなあ 自分
今からでもいいからほめてやりたいし
ちゃんと叶えてやりたい あの時の夢
飯も食わずに うつろな目で 夢だけ見ていたあの頃
友達も作らず 必死だったあの頃の私に
おまえの努力は 報われるぞ!!!と
言ってやらなくちゃならない
アラフォー女の思うこと じゃ無いかもしれないけど・・・