去年の秋
私は悩んでいた
生協の講座が盛り上がって
隣の部屋から「うるさい
」と何度も注意を受けたこと
隣は大抵会議をしていて
その担当の人が、部屋から出てきて、皆さんの前で私に言うんだ。
「うるさいんですけど
」
「少し静かにしてもらえませんか
」
最初は平謝りだった私ですが
体操を静かにしろっていうのかー・・・と。
何度も言われるうちに ちょっと腹が立ってきた。
生徒さんも、怪訝であった。
でも何も言えずに言葉を飲んだ。
何て返したら言いかわからなかったし
言葉に出したら、自分で自分が抑えられなくなりそうで
その頃は他にも
私は悩んでいた
生協の講座が盛り上がって
隣の部屋から「うるさい
隣は大抵会議をしていて
その担当の人が、部屋から出てきて、皆さんの前で私に言うんだ。
「うるさいんですけど
「少し静かにしてもらえませんか
最初は平謝りだった私ですが
体操を静かにしろっていうのかー・・・と。
何度も言われるうちに ちょっと腹が立ってきた。
生徒さんも、怪訝であった。
でも何も言えずに言葉を飲んだ。
何て返したら言いかわからなかったし
言葉に出したら、自分で自分が抑えられなくなりそうで
その頃は他にも
実家の母の愚痴を聞かされたり
人の愚痴を何時間も聴かされることが多くて
しかも人の悪口だったり
職場の人間関係の終わりの無い愚痴だとかに
すっかりあてられていた
毎日毎日、朝から晩まで人の愚痴を聞く
何にも言い返せずに
自分の中に溜まった未消化物をもてあましていたというか
吐きそうだった
吐かない代わりに、一日の終わりの車の中では
泣いていた
そうして私は久しぶりの心理カウンセリングを受けることにした。
このままだったら、また病気になっちゃうんじゃないかと
自分で自分に自信が無かった
以前お世話になった、H先生
メールをしてみたら
「ちえぞうさん、頑張っているね
私のところにも、あなたの活躍は届いていますよ
でも
頑張ってる人だって、時には人を頼っていいんですよ
どうぞいらっしゃい
そのメールをやり取りしてる傍の
ビートたけしが出ていて、言っていた。
「言わぬが花」
最近の日本人は、何でもかんでも喋り過ぎだ
欧米化かなんか知らないけど
主張主張主張
日本には「言わない」という素敵な文化があったのに
・・・・・・・・
そういう内容だった
翌日夜先生の自宅を訪ねた。
先生に最近あった話をした。
話の終わりに、思わず知らず口から出た
「こんな風に、思った事もいえない自分がいやなんです
言いたいことがあったら言えばいいのに
情けなくなります
どうして言い返せないんだろう
情けないです」
ほほ~~
自分が自分をそんな風に思っていたことが
「話す」という作業の後に 自分の口から出てきた
話す 聞いてくれる相手に向かって 話す
それだけで、充分な心の整理になるものなのだ
先生は、ひとしきり私が話す事を
メモを取りながら
時に、キーポイントになる言葉を繰り返しながら
私の話をうんうんと聞いてくれ
手を置いて言った。
「ちえぞうさん
言いたいことが言えなかった自分が嫌だったのね
そんな自分を嫌ったのね
でもね
私はそんな風には思わないわ
あなたはどうして、言いたい事を言わなかったと思う?
悔しかったのに、なぜ反論しないと思う?
あなたは、ここで反論したら、その先がわかってるからしなかったのよ
ああ言ったらこう言い返されて、そうしてこうなるだろう
そう、先を読んで、言わない選択をしたの
言わない選択をしたのよ、あなたが。
言葉を飲んだのです
それは、大人のすることです
あなたがしたことは、立派です
あなたが言わずに飲んだ言葉は、そのまま死んだわけではないのよ?
言わなかった事で
相手はちょっと考えるはず
周りに居た生徒さんたちも
あなたが言葉を飲んだ意味もわかってるはず
飲んだから、生きてくる言葉もあるの
あなたが飲んだ姿を、生徒さん達がわかってくれてないと思う?
もっと、自分についてきてくれてる人を信じなさい
あなたは咄嗟に、自分にも周囲にも良い方向を考えて言葉を飲んだ
私は褒めてあげたい
それがね『言わぬが花』ってことなの」
あ
「ただ
飲んだ言葉を自分の中で処理するってことを
できるようにならないと、辛くなるよね
それは、少しトレーニングが必要です
自分がしたことを自分が認めてあげなくてはね」
そんな風に 私のカウンセリングは終わりました
先生は最後に仰いました。
どうしたらいいかわからなくなったときには
何にもしないで御覧なさい
成り行きを見守るの
全ては お任せ
天に お任せ
お月様の明るい夜道を
ステップして帰るちえぞうが居ました。
空で私を見てくれてる存在が
実は護ってくれてるのだと
そう、思いながら