私の娘は15歳・・・今、人生初の岐路に来ています。受験生です。
娘の進路の話から、自分の18歳の頃を思い出しました
ちえぞうは、18歳で単身上京しました
高校も2年生の頃には、学費を払えなくなってる両親を思い
私は自分で決めて奨学生になります。
成績は悪くなかったので、自分で先生に相談に行って、勝手に決めました。
進路を決めなくてはならなくなってるときにも
父に「大学には行かせてあげられない
」と、話されたときに
「じゃあ、自分の好きな道を進むから、好きにさせて欲しい」とだけ話した。
そうは言ってみたものの
どうしたらいいだろう、誰に相談しよう。
ちえぞうは、18歳で単身上京しました
高校も2年生の頃には、学費を払えなくなってる両親を思い
私は自分で決めて奨学生になります。
成績は悪くなかったので、自分で先生に相談に行って、勝手に決めました。
進路を決めなくてはならなくなってるときにも
父に「大学には行かせてあげられない
「じゃあ、自分の好きな道を進むから、好きにさせて欲しい」とだけ話した。
そうは言ってみたものの
私は「踊ること」で、身を立てたかったのです。
就職担当の先生に、ある日相談に行った。
社会の先生だった。
あまり考えないで相談した。
実際 相談する人が、私には居なかった
でも、私の決意を聞いて、先生は言った。
「お前 偉いな~
実は俺は、昔絵描きになりたかったんだ。
でも、親の勧めで教師になった。収入の安定を一番に考えた。
夢は、あくまでも夢と、あっさり諦めたんだが
ずーーーっと、心残りなんだ。
できる限り応援するぞ」 と、言い
学校に通いながら、寮に入って働ける会社を3つ探してきてくれた。
私は昼間ビアホールをやってる会社のウエイトレスをしながら
夜、お稽古に通うクラシックバレエの教室を探して
進路を決めた。
会社の寮は2人部屋
同室の子は、岡山出身のまさえちゃん
彼女は昼間外語の専門学校に行って、夜ビアホールに仕事に行く、遅番さんだった。
明るく元気なまさえちゃんは
みんなが5月病になってるときも、ケロッとしていて
強い子だった
東京の古い寮には、大きなゴキブリやムカデが出て
その度に私はまさえちゃんを呼んでは退治してもらった。
朝学校に行くまさえちゃんは、「ちーちゃん、起きましー
仕事から11時頃帰ってきては、深夜2時3時まで宿題をしていた。
私は彼女が勉強する明かりを感じながら眠った
その寮に居る子達は、みんな親の仕送り無しで学校に通うことを決めた。
それぞれの事情があった。
ほとんどの子は、親に仕送りもしていた。
私は奨学金を返していた。
ある日
まさえちゃんのところに、小包が届いた
差出人の名前を見たとたんに、まさえちゃんの顔は見たことも無い険しい顔になった
差出人は、お父さんだった。
小包を、乱暴にべりべり開けながら、まさえちゃんは私に話してくれた。
お父さんの借金の取立てに苦しみながら育ったこと
真っ暗なアパートに、お母さんと抱き合って
取立ての声から耐えたこと
あんな人が居なければ
あんなに苦しまなくて済んだのに
まさえちゃんは、お父さんの事を「あの人」と、呼んだ。
まさえちゃんがそう言いながら開けた小包の中には
ぎっしり、
特に、チョコレートが多かった。
そういえば、まさえちゃんは、ほぼ毎日おやつにチョコレートを食べていた。
まさえちゃんは、板チョコを一枚取って、包み紙ごと半分に引きちぎり
私に半分渡した。
まさえちゃんの、怒った顔を見ながら、お父さんの悪口とお母さんの苦労を聞きながら
私は黙ってチョコを食べた。
なんだかわかんないけど
涙が止まらなかった
チョコを食べながら、黙って涙をポロポロ流してる私を見て
まさえちゃんは
「なんでちーちゃんが泣くの
わかんない
わかんないけど
お父さんの気持ちが 哀しかった
チョコは、甘いけど とっても苦かった
私は、やっと言った。
「お父さん まさえちゃんがかわいいって」
まさえちゃんは
怒った顔のまま、涙をぼろぼろこぼした。
「ちーちゃん、ここからいつでもお菓子取って食べっ」
そう言って
2人でチョコ食べながら しばらく泣いた
まさえちゃんは学校を無事卒業後
SONYの受付コンパニオンになって、東京の人と結婚した。
東京の人になった。
今でも、毎年年賀状が来る。
文句はいつも同じ
「ちーちゃん、元気?」 それだけ
私からの年賀状も同じ
「私は元気だよ」
わたしからは、「元気?」って聞かないの。
だって、まさえちゃんだもん
まさえちゃんは、元気に決まってる