宇宙ハ ゼリー寄セ

宇宙ハ ゼリー寄セ

18歳の時に古い図書館で偶然手にした1冊の本をきっかけに、私の中の宇宙への旅が始まりました。
数々の宇宙からの情報は、とても広いものの見方。そして、とても広い世界のことを教えてくれました。
その感動をブログという形で表現していきたいなと思います。

予定が立て込んでいたので久しぶりの更新となりますが、いつもブログを読んでくださる方がいて本当に励みになります。ありがとうございます。





最近、どハマりしている漫画があって、それは『チ。』と『食料人類Re』という漫画で、どちらも残酷なシーンが結構多いので、気が弱い方は読む際に注意が必要なのですが。




とにかくストーリーが面白く、現実世界とかけ離れているようでいて、実は真実を突いているなぁ〜と読み進める手が止まらない状態になっています。




この二つに共通するのが、生まれ落ちてそこで過ごしていく世界には、すでにとんでもない社会的システムと常識が形成されていて、




両親や祖父母、地域住民などの身近な大人達はもちろんのこと、学校の先生や職場の同僚や上司、すべての人々がその狂った『常識』を信念レベルで強固に信じているので、




その狂った『常識』を当たり前だと思って社会が回っているところが凄く不気味です。




その社会には、「この世界、なにか変だぞ?」と気づく人々もいるのですが、その人々は異端扱いされて弾圧されたり、酷い場合には犯罪者扱いされて肉体的な苦痛を与えられて消されてしまいます。




実は、その異端と呼ばれている人々のほうが人間的にまともな思考で、本当の意味で善であるのに悪人扱いされてしまうのです。




どういうことかと言うと『食料人類Re』を例に挙げると、その世界は天人様と呼ばれる人間を食料とする地球外生命体が統治する世界で、高いテクノロジーと力で戦争や争いと無縁の世界(SFっぽくなく、ごく普通の社会が舞台となります)を作り上げたものの、




その統治を持続させるために、天人様にとって人間は質が良い食料なのか?それとも質が悪い食料なのか?で社会的に賞賛されたり、はたまたイジメの対象となったりと、その世界で機能する価値観がとんでもないんですね。




普通は自分の子供が食料として捧げられることには抵抗があったり、悲しみに暮れるものですが、そうではなく、良い食料を提供したと表彰されたり、食料として選ばれたことが周囲への自慢になったりして、私たちが住む、いわゆる普通の世界から見たこの世界は、異常としか思えないです。




この物語の世界の住人はこの狂った『常識』以外の『常識』、いわゆる違う視点というものも、物事に対する疑問も持っていないので、自分の狂った思考や行動に気づけないのです。




しかも、一般の人々はその狂った思考や行動(悪魔しかこんなことできないでしょ?という残酷なことを平気でできる)を『善』だとごく普通に思っているところが興味深いです。




その物語の中の大半の人々は、狂った『常識』(食料として生きるなんて何かが変だと思い、食料として運搬されようとしている人々を助けようとしたら、その人物は悪魔だ!とニュースで報道されたり、警察のように機能する組織に捕まって拷〇を受けたり消されたり罪人にされたりする。密告した住民は勇敢な人という位置付けになる)を信じて疑わないのですが、




なぜ信じて疑わないのかと言うと、生まれてこのかた接する周囲の大人達や知人、友人など、すべての人がその『常識』の中で生きているだけではなく、国家・教育・医療など、様々な分野の地位を持つ人々の教えをそのまま鵜呑みにしているからです。




この二つの漫画の中で、最も恐ろしいと思うことは、悪魔的な間違った常識を基本とした『同調圧力』で、真実を見抜き、それを伝えようとしている人物を悪だと叩く点です。




私は自分の内側にある社会から植え付けられた『観念』がどのように人間をがんじがらめにしているのかをテーマに記事を書くことが多いですが、まさに、現実世界も似たようなものだと思います。




「えー?現実にはそんなこと起きてませんよね?」(こう思う時点で社会から『常識』で目隠しされている状態)と思う方もいるかもしれませんが、結構、起きてますね〜過去で言うなら戦争の時もそうだし、現代であれば、




数年前、ある病にならないように、ほとんどの人が身体に取り入れたものがあります。私は自分の直観を信じているので、直観がNOを出すものは、たとえ社会がそれを強要したとしても一切NOです。




なぜなら、これまでの人生で直観を信じて行動したお陰で、巨大地震の時も、海外を一人旅した時に危険な状況だった時も、私の命を守ってくれたのは直観だからです。




現実的に有力な情報として機能してくれているので、根拠はないけど直観がそうサインを出すならそうする。というのが私の基本です。




たとえ総理や学者や医者などの権威を象徴する人物がもっともな台詞を並べていたとしても、直観がNOならNOです。直観には信頼と実績がありますからね。




で、この件で友人と話している時に、友人は会社から絶対に「そうしなさい」と圧をかけられ、周囲の同僚からも「思いやりがない」と非国民扱いされて大変だったそうです。




私は会社の上司だけではなく、全体の管理者から直接懇願されて「しない社員がいると、クライアント企業の心証が悪くなる」とまで言われましたがたった1人NOを貫いたので変人扱いされてましたね。




当時、その体内に取り入れるものの危険性を海外で実際に起きたことのデータと供に街頭で必死に説明して、やめたほうが良いことをマイクで演説していた大学生くらいの若者に対して、




道を歩いているOL風のグループがその人に対して「頭おかしいよね〜」と笑っているところを見かけたこともあります。




もちろん、私は「直観はなぜ?これにストップをかけるのだろう?」と海外の情報も含めて自分で調べて、その理由を知ったので、演説をしている学生が言っていることを理解していましたが、そうでない人からすると『常識』から外れた異端に見えてしまうのです。




これは現実社会で起きたことで、漫画の話ではありません。実際に自分がその渦中にいると、いとも簡単に『同調圧力』をかける側になったり、飲み込まれる側になったりするのです。




人はいざ自分のことになると客観視できないことがありますが、「何か変だぞ?」と感じる感覚や感性を取り戻すことは、様々な危険を回避するのに役立ちます。