宇宙ハ ゼリー寄セ

宇宙ハ ゼリー寄セ

18歳の時に古い図書館で偶然手にした1冊の本をきっかけに、私の中の宇宙への旅が始まりました。
数々の宇宙からの情報は、とても広いものの見方。そして、とても広い世界のことを教えてくれました。
その感動をブログという形で表現していきたいなと思います。

魂の進化やこの世界の法則のようなものに興味を抱くことになるきっかけが『マイナスの体験』である方がいるかもしれません。





どうして自分の人生でこんなことが起きたのだろう?と立ち止まるきっかけとなったり、




はたまた大きな病気などで、自分の人生とは一体なんだろう?と深く考える時間が増えたりと、




マイナスの経験は自分の内面世界に意識を向ける機会となることが多く、それが、目の前の世界をより深い角度から眺めることに繋がり、




同じ物事を見ても、表面上だけで判断する人物もいれば、物事の奥にある本当の意味がなんとなくわかるようになることがあります。




どのようなシステムでそうなるのかはわかりませんが、何かを体験した時に、自分の意識の底に隠れていた、いつの間にかインプットされてきた『観念』に気づくと同時に、




それを外すと、自分のエネルギー状態が変わるというか、軽くなるというか、周波数変換が起こることを何度も体験してきました。




逆に言うと、その『観念』があるからこそ、目の前の現実を見た時に、『観念』から派生する『偽の感情』が出るので、




目の前の現実を見た時に出る『感情』を『観念』を発見するためのセンサーとして使っています。




『偽の感情』とは一体どういうものか例を挙げて説明すると。たとえば、ここにある独裁国家があったとして、




生まれてからすぐに、両親や日々接する大人たちや学校などで、国王はあなたの人生で最も重要であり、あなたの命を捧げてでも大切に想うべき存在であり、国王の言うことは絶対であり、国王の状態の良し悪しは国民全員の一大事だと、繰り返し教育された人物がここにいるとします。




そして、ある日、国王が何らかの原因によって他界したとします。生まれて成長する過程で繰り返し国王は自分の命に匹敵するほど大切だと教育を受けて、本当にそう思っていたとしたら、その人物はどうなるでしょうか?




深い穴に落ちていくほどの、もう立ち直れないほどの、もう何も手につかないほどの状態になる可能性があります。




しかし、この国に、その国王について、何も教えられず、教育も受けておらず、ただのおっさんにしか見えていない人物がいたとしたら、その人物が国王の他界のニュースを目にした時、一体どんな感情が出るでしょうか?おそらく、ああ、そうなんだな。くらいに思い、強い感情は出ないかもしれません。




同じ物事を見ているのに、この『感情』の差は何なのか?




それは、その人物が『観念』を持っているかいないかの差です。




つまり、上記の国王の教育を受けた人物は植え付けられた『観念』から派生した『偽の感情』で悲しみに陥っているというわけです。




しかし、まさか自分を苦しめているのが『偽の感情』だとは気づきませんから、その『偽の感情』によって体調が左右されたり、中には寝込む人物もいるかもしれませんね。




それくらい社会や教育機関、周囲の人物から受ける『観念』は人物の『感情』を左右する強力なインプットとなるのです。




つまり、何かの現象を目にした時、自動的に出る『感情』を深く洞察すると、自分の内側にあるものが見えてくる時があります。




『偽の感情』にはマイナスの感情だけではなく、プラスの感情もあります。これも例を挙げると、たとえば、上記の国王(何も知らない人からしたら、ただのおっさん)を使ってやってみると、




ある美しい女性が何かの際に国王の目に留まり、側室的なポジション(まあ、愛人ですね)を得ることになったとします。




この女性が野心満々な女性で成り上がりたい気持ちが強い女性だとしたら、今、恋人がいたとしても、即決で国王のもとに行くでしょう。そして、その自分の立ち位置に『優越感』という感情が芽生えます。(何も知らない人から見たら、ただのおっさんの愛人)




一見すると、とても気持ちが良い感情ではありますが、これも『偽の感情』です。




これは、国王の権力あってのことなので、たとえば国王がほかの国から侵略されて、国王は身ぐるみ剥がされて、それこそただのおっさんと化した場合、




側室的なポジションを得て『優越感』を抱いていた女性は、スッと冷静になり、その元国王を土台とする『優越感』などという感情は微塵もなくなります。




その感情は国王は絶対的な人物だという教育がそうさせていたのですから、そのような移ろいやすいものの上に成り立っていたものです。




ここで、同時期に、もう一人の美しい女性も国王に見初められていましたが、その女性は国王の価値に関する教育を受けていない村外れに住む貧乏な人物だったので、




そんなおっさんより目の前の深く愛している男性のほうが良いと思い、まったくなびきませんでした。




また、格差がありすぎて、国王の周囲から反対があり、側室ポジションにつくこともなく、本当に愛する人と暮らし続けたとしたら、余計な教育(洗脳)がない人物は、選択に歪みが生じないことになります。




目の前の現実を見た時、日々、様々な感情が生まれてきますが、果たしてその感情はどこから派生するものなのか?




深く眺めてみると、社会や周囲の様々な人物が自分にインプットしてきた、単なる『観念』の仕業かもしれません。




社会が勝手に決めた幸せのモデルに動じないことは、偽の感情に翻弄されない、仏教用語で言う『涅槃(ねはん)』と呼ばれる真の安らぎの境地に近づく鍵となります。




ちなみに、私は無宗教(団体系が好きではないので)で、18歳の時に偶然に宇宙からの情報と出会いましたが、たまたま釈迦が言っていることが、宇宙っぽいというか、未来人っぽいところが面白いなと思って、ブログにちょいちょい登場します。