うまくいかない現実を変えたいという気持ちから、スピリチュアルの分野に足を踏み入れる方がいるかもしれません。
書店に行けば引き寄せの法則に関する本もたくさんあります。また、世の中には直接エネルギーを操作する力を持っている方もいるようで、その力で現実を変える手助けをすることを仕事にしている方もいるようです。
過去に記事にしたことがあると思うのですが、数年前にお会いした男性の話が興味深くて。
自分に好意を抱いている女性がエネルギー操作によって(その筋の方にお金を払って依頼している)奇妙な縁の繋がりが発生して、仕事やプライベートにいたるまで、自分の意思に反して、一緒に過ごす時間が増えてしまい、それでも恋愛関係に至ることはなかったとのこと。
詳しい内容は省きますが、SNSを通して、その女性がそうした依頼を受けている男性と繋がっていることを知り気味が悪くなったとのこと。
このように、スピリチュアルで願いを叶えたいという希望を持っている方が多いと思います。
私はブログで繰り返し書いてきた通り、実は自分から嫌な感情が出る時、意識の内側の自分の立ち位置とズレている、つまりこの地球でインプットされた真我と離れさせるための『観念』を発見することができます。
私の場合、そこから逃れるためではなく、本当の自分に向かっていくためのスピリチュアルなんです。
私は今回で輪廻転生を終了するために周波数変換(意識の中の不必要な『観念』という重石を外す)の作業をしているので、現実を良くすることを目的としているわけではありません。
現実は良くなってもいいのですが、ここに焦点を当てて嵌まってしまうと、本来の目的から外れてしまうと考えています。
それは前回でも少し触れました。わかりやすく自分の何年も前の過去の体験を例にあげると、毎月、毎月、仕事でとんでもない金額の売上をあげている中で、ある日、ぱったり売上があがらなくなってしまいました。
これまでに、ここまで数字が悪いことはなかったので、運が落ちたような現実を変えなければいけないというような、焦りの気持ちが強くなっていました。
この時の私は自分から出ているエネルギーで現実を創っていることをすっかり忘れて、現実というイリュージョンの中に嵌まり込んでいる状態で、
こうなると自分の内側に意識を向ける発想ではなく、外に手を伸ばしてなんとかしなければという感じになっている状態です。(ここで、外にいる上記のようなエネルギー操作の依頼や御札を購入したり、外に走る方は多いと思います)
現実という映像は当たり前ですが、とてもリアルなので、すっかり飲み込まれている状態から冷静に『観念』を探るのは誰でも難しく感じると思います。
とくに、仕事やお金に関することは、生活がかかっているので、これは多くの方に共通すると思います。
ある時、ふと思い出したように「ああ、これイリュージョンやったわ」と宇宙の法則というか、物理次元のシステムが一瞬、頭をよぎりました。
そこから、外ではなく、自分の内側に意識の矢印が向いたので、この現実にまつわる『感情』はどの『観念』から派生しているものなのか、じっと見つめてみました。
すると、売上そのものではなく、その売上をあげている評価が高い自分が揺らぐのが怖いという自分を見つけました。
そこから芋づる式に、複数の自分が持っていた、やっていたことが見えて、まず一番深いところでは、幼い頃から勉強、運動、芸術、あらゆる分野で先生や周囲の大人達から評価を受けていて、自分の親や友達のお父さんやお母さんまでも『凄い子』みたいな特別な扱いを受けていた自分を思い出しました。
学校でも「〇〇さんって凄い」とちやほやされている。評価が高くて当たり前の自分。つまり、それが人格の一部になっていたので、常にいろんなことに努力はしていたものの、どこか力が入っているような状態です。
これって、いい現実の中にいるので、まさか自分ではない自分だなんて思わないじゃないですか。
いい感情も悪い感情も同じ『観念』から派生するので、その『観念』(重石)を使って、振動を重くしてしまっています。
つまり、いくら良い現実でも、魂の進化の観点からすると、立ち止まっている状態なんですね。
いい感情を感じている現実でも、重石がこびりついて周波数が低いことがあるんです。
つまり、真実の自分に向かうことを決めていると、うまくいかない現実を創り出して、真我がその『観念』に気づかせようとします。
もちろん、次回も輪廻転生しよう、また体験や体感をしたいという希望がある場合にはここまで、厳しく意識の内側を重視する必要はありませんが、私はもう古い言い方で解脱を決めているので、やっているだけです。
自分が自分でやっているトリックに気づいた時、なぜかひとつの映像が見えました。
それは、薄汚れたピンクの毛もくじゃらの着ぐるみでした。
ほこりもたくさんついていて、チャックが壊れていて、子供の頃からのサイズのものを大人の私が着ていたものですから、伸びきって見るに耐えない代物になっています。
「ああ、私はこんな窮屈なものを着て、これを自分だと思っていたのだな」と、この映像と共に、自分だと思い込んできた偽の自分、地球上での『評価』というものに自分の存在が左右されることを手放しました。
するととてつもなく、自分に巨大なエネルギーが戻ってきて、細胞がまるで炭酸飲料水のような泡のようにパチパチ弾けたようになって、お腹のあたりからワクワクしてきました。
そんな体感が私の身体も意識も包み込みました。なにはなくとも私なのだ。そんな感じでした。
すると不思議なことが起きました。あれだけ、何をどうしても上がらなかった売上が奇跡のように上がりはじめて、周囲も何がどうなった??と不思議がっていました。
しかし、この現実さえも、どうでもいいのです。ただのイリュージョンなのですから。
やっぱり意識の内側のこの立ち位置がすべてなのだと深く体感した出来事でした。