私の実家は不登校多発地帯。






















先陣を切ったのは私!!


(いや、そこ、自慢気でどうするねん
)
)その後にお休みしたのは、お隣のお姉ちゃんと弟ちゃん。
どちらも中学生の時期だった。
そして、逆のお隣さん。
こちらもお姉ちゃんが不登校。
そして弟ちゃんが不登校のヤンキーバージョン。
ここも中学生の時だった。
一番大変だと思ったのは、ご主人が出社拒否に陥ったお宅だった。
当時は『出社拒否』という言葉があったけど、今なら鬱と言われるんだと思う。
私か嫁に行った後だったので知らなかったけど、
他にも斜め前のお宅も姉妹で中学には行かなかったそうだ。
なにこれ!


多すぎて位置関係が分からん

そんなあなたの為に図にしてみた。
絶対、このあたりの土地に、何か埋まってるな

私の母はそう言っていた。
たしかにそうかも



そう疑いたくなる発生率。
今回は、そんな不登校のメンバーのうち、私が関わった子のお話です。






















家に帰ると、お客様が来ていてる様子。
邪魔にならないように、そっと自分の部屋に行こうとすると母に呼ばれた。
リビングに入ると、そこにはお隣のおばちゃん。
泣きはらした目をして座っていた。
母「ちょっとこっちに来て。〇〇ちゃんがずっと学校をお休みしてるんやって。あんたも話を聞いてあげて」
私は意外だった。
小さい時はよく近所の子供たちのお世話させてもらったけれど
妹と私は10歳離れているので
不登校からは一番遠そうな子だった。
あ、でもとても芯が強そうで、いわゆる”JC”
って感じではなかったかも。
なんだろ??
あの世代って集団で過ごすには『ノリ』を要求されるよね。
そんなのは苦手かもしれない。
落ち着いた大人って感じだったから。
母「〇〇ちゃんがこのままではどうなってしまうんやろうってずっと心配してるんよ。あんたから何か言うたってよ」
「おばちゃん、大丈夫やから。
私、見てみ。ちゃんと生きてるで」
説得力があるんだか、ないんだか‥‥。
でも、高校、短大を出て、就職して、そして結婚。
現在、太朗を連れて里帰り中の私が言うんだから
間違いない。
レベルを求められたら知らんけど、
世間一般の必要事項は揃えましたけど、なにか?
おばちゃん、笑ってた。
そりゃ、笑うしかないよね
でも、大切なのはそこじゃない。
これだけは言わなきゃ。
おばちゃん、私は小さい時から〇〇ちゃんを見てるけど、根性あるで。
逆上がりの練習でもな、みんなが途中で投げ出しても最後まで一人でやってたよ。
褒めたら嬉しそうに笑ってたわ。
人を押しのけてアピールするような子じゃないけども、そっと私の側に来る。そんなタイプだったから、思春期のごちゃごちゃした環境はちょっとしんどいかもしれないね。
それは私もなんとなく気持ち分かるわ。
それにな、その時期は皆、しんどいねん。
だから皆が落ち着いた時から、また始めてもええんちゃう。
中学は行かんでも卒業できるしな。
出来るんやったら勉強だけはやっても損はないよ。あ、でも、今は無理でも、あのタイプはやる時はやるから、まあ、ええか。
それにもっと違う道に進むかもしれんし。
この時点で私が知ってるだけの情報を
おばちゃんに伝えたつもりだ。
訳の分からん「大丈夫!」よりも
納得出来る理由が欲しいはずだから。
そして、その後
事態は大きく変化した。
娘を受け入れたご両親。
すると、娘さんから
アメリカに留学したいと言われたそうだ。
もっと違う道があるかもしれないとは思ったけど
アメリカかいっ!!
でも、その当時の留学事情。
田舎の中学だからかもしれないけど、
彼女にとってはハードルの高いものだった。
やばっ!また長くなる
つづきます。

