今日も、さむっ!
このYouTube、森永先生の発言が面白かったです。
長い動画の1部のようで、短いですよ。
昨日、田舎の義叔母から野菜、芋類、米などが送られてきました。
届いたので連絡すると、「チコちゃんが、(姉の)R子ちゃんより此処に居たのが長いんだから、実家だと思って何時でも来なんしょ!」との事でした。
義叔母も84歳になったとか。
私が夏休み抱いて寝た従弟も62歳だそうで、頭もツルツルで(笑)
私は、母方の祖母に、「親に捨てられて可哀そうだから」等と大事にされたわけでは無いですよ。
やはり内孫とは差別は有りました。
叔父や義叔母の手前もあるだろうし、それは仕方ないと子供心に理解してました。
冷めてた性格もあってか、本当に可愛くなかったかもしれません。
家庭内で、もめ事や喧嘩が無かったのが私には落ち着けた場所だったのです。
父方の祖母のように、最低限しか食べさせない(ご飯のおかわりなどは、以ての外)火箸で叩くなどは無かったですし、母親の所では、継父と母親の喧嘩は荒ましい血みどろの喧嘩ばかりでした。
それに継父は下半身癖が悪い人だったので、とても嫌だった。
継父の弟妹も継父の息子もそうだったようです。
話を聞くと、親子丼、兄弟丼、何でもござれだったようで、血なんでしょうかね~!
それも有ってか、私は田舎に行くことが許されたのかもしれません、母の所で中学生になりましたから。
しかし学校での牛乳代に、祖母から「お前の母ちゃんは、仕送りしないんだものなぁ」と言われて、学校からの請求の封筒を出し難くて、母親や親戚から貰う盆小遣いや、お年玉から出していました。
だから同級生のように、自分の物に小遣いを使う事が出来なかったんです。
義叔母が電話で「チコちゃんが、Y子を(おばちゃんの娘)持ち上げて『シーシー』ってオシッコの練習をしてくれたの覚えていっかんない!」等と昔の事を懐かしがっておりました。
「いっかんない!」とは、「いるからね!」という方言です。
毎日の散歩道
それでは又!
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