季刊せいてん 春の号

智秀さんコーナーの52〜53ページ
「信心を自分でなんとかしたいと思ってたときは信心を得たいという焦燥感と信心に対する憧憬と畏怖があった」
↑私も多分あるやつ。だからこの気持ち分かる!って思える。
「信心に対して自分が肯定されたような安心を感じるようになった」
「焦ったり憧れたり恐れたりする必要がそもそもなかった」
じゃあ私はなにを考えたら良いのだろう?
となって、3ページ目の疑問ふきだし状態に。
そして6ページ目の親鸞聖人の言葉
「凡夫」といふは、無明煩悩我らが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむ心おほくひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、たえず
信心を得ても煩悩に振り回される私の姿は何一つ変わらない
ただひとつ変わるとすれば
「私の中に私の心はもちろん、どこをどう探しても、仏になるのに役立つものはひとつもなかった」
「南無阿弥陀仏があるから私の持っているものはなにひとつ必要なかった」
自分がなにひとつ持ってないことが分かったらすごく虚しくなるような気がするけど…
でも智秀さんは自分が肯定されたような気持ちになったんだ。
ちょっと前まではここでストップだったんだけど、
つい先日、やなせななさんの本を読んでいて
「ああ死んだら終わりじゃないわ」ってとめどなく涙が出てきたことがあって、
あの時、普段ものすごく理屈で考えたガールな私が(だからガールじゃねぇよ)
なんていうか両手をひろげて芝生に仰向けに転がるような感覚になった(謎)
なんかこりゃもうお手上げだぁ!みたいな嬉しさ?(嬉しさというところがポイント)
それに似てるんやろか??
あの時、理屈を超えていく感じを少し体感できてたのかもしれん!
智秀さんコーナーの挿絵だけあきらかにジャンルが違ってちょっと笑えた😁ソンタク
あとトロッコ問題というのを考えてると不眠になる…
それと昨日書いたけど法然さまにとても関心が出てきた。
完全に余談だが表紙のツルツル具合がくせになって、
ずっと触ってられるww
まだ全部読めてないけどとても楽しいです😊
智秀さん、素晴らしい本を書いてくださって、くださって、ありがとうございます😌
