亡くなった赤ちゃんのための保冷ゆりかごの記事を読んだ

晴子を自宅に連れて帰った時の記録

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12月。部屋はそれなりに寒い。

暖房は、はるちゃんが暑いんじゃないかって思ってつけられなかった。

夫は、大丈夫だよ、ちえが風邪ひくよ、と言ってくれたけど、
どうしてもつけられなかった。

はるちゃんがあったかくなってしまうのではないかと気が気でない。

「もうそろそろ、保冷剤替えたほうがいいかな?」
「はるちゃん、大丈夫かな?」

生きてたら、寒くないか、寒くないか、と心配するのだろう。

私の頭の中は、冷やさなきゃ、冷やさなきゃ、だった。

もっと冷やさないと痛んでしまうのではないか。

このまま燃やさないで、ずっと家にいてほしい。
同時に、少しでも綺麗な状態で燃やしてあげたい。
そんな気持ちもある。

寝る前に絵本を読んであげようと思った。

ひろの絵本棚から「おやすみなさい、とんとんとん」を選んだ。

だっこして読んであげたいと思った。

保冷剤を交換しつつ、抱き上げてみようとした。

夫と一緒にそっと持ち上げようとする。

夫が言った。

「…やめておこう。はるちゃん、涙が出ちゃうみたいだから」

はるちゃんの目には血がにじんでいた。

夫は、それを「涙」と言ってくれた。

抱き上げるのはあきらめて、足元の保冷剤だけ交換して

棺ごと寝室へ連れていった。

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死産した翌日に退院。その翌朝に火葬だったので、
夫にあちこち店を回ってもらったが冬ということもあり
凍った状態の保冷剤を手に入れることが出来ず、
ギリギリまで冷やせるだけ冷やした保冷剤で何とか対応したが、
お腹で亡くなってから3日後に産まれてきた晴子はやはり「まるで生きているみたい」とは程遠く、
どんどん傷んでいくのはとても辛かった。
早く燃やしたい。少しでも綺麗な状態で燃やしたい。
そんなふうに思う自分はますます鬼だなぁと思ったのを覚えている。

結局私が晴子を抱っこできたのは1度きり。最初の対面の時だけだった。
しかもその時はまったく可愛いとは思えない自分の気持ちをひた隠しにしながらの抱っこだった。
家でもう一度抱っこできたらよかったなぁ。
血が出ようが崩れ落ちようが、抱っこしてあげれば良かったのかもしれない。